『はいからさんが通る』、『あさきゆめみし』等の時代を超えて愛される作品を生み出し、画業50年を超えた今でもヒット作品を生み出す大和和紀先生。
11月11日(土)よりアニメーション映画『劇場版 はいからさんが通る 前編 〜紅緒、花の17歳〜』を公開されるのを記念して、大和先生に映画化に経緯と『はいからさんが通る』の当時の制作秘話をお伺いしました。
他の人が絵を描くのだから、映画の絵は変わると思っている
(C)大和和紀・講談社/劇場版「はいからさんが通る」制作委員会
―― 『劇場版 はいからさんが通る 前編 〜紅緒、花の17歳〜』が11月11日(土)から公開されます。『はいからさんが通る』はテレビアニメ、ドラマ、実写映画と何度も映像化されています作品です。改めてアニメーション映画の公開が決まった時の心境を教えてください。
大和和紀(以下 大和):ありがとうございます。前に一度テレビアニメ化した時は、途中で終わっているんですね(※)。その放映終了後にアニメ制作会社の方から、「最後まで作りたい。」という事でお話を何度か頂いていました。私もアニメ制作会社さん同様に「完結はさせたいね。」と想っていました。その想いが実り、3年ほど前からアニメーション映画の企画が動き出して、この度公開する運びとなりました。
※テレビアニメ版『はいからさんが通る』は、1978年6月3日から1979年3月31日の期間で放映された。しかし、諸事情により伊集院少尉が記憶喪失となりロシア貴族として帰国したまでのストーリーとなっている。
―― 今回、アニメーション映画を拝見し、原作と趣が少し異なるような印象を受けました。特に、絵が原作当時のものではなく、今風のタッチになっていると感じました。
大和:そうですね。やっぱりアニメ化作品での絵は他の人が描くので、多かれ、少なかれ絶対に絵は変わります。自分の絵ではなくなります。実際テレビアニメ化の時など相当違うものではあったんです。だから、始めから「現代的な絵で構わないよ」と。自分の絵にはこだわらず、今風の可愛い顔にしてもらいました。
というのも、やっぱり私自身がその当時の絵を描けるかといったら描けないんですよ。そのぐらい私の絵も変わってきているので。
―― そうなんですね。絵が変わることにはこだわらないと。では、大和先生が映画化される際にこだわった点はどこでしょうか。
大和:大きなことから小さなことまで色々なお願いはしています。ただ、尺の関係でギャグはあまり使えない、小さいキャラクターも出せないので、キャラクターや作品の持つ明るさとか、軽妙さなどのイメージを崩さないでほしいとお願いしました。
―― 具体的にはどういった所でしょうか?
大和:『はいからさんが通る』は、ストーリーだけを取り上げると、凄いシリアスな話です。戦争で恋人と引き裂かれて、記憶喪失になって、自分が誰だか分からなくなっちゃって……。このようなストーリーを並べると、本当に暗い話なんですよ。
『はいからさんが通る』の良さは、そのシリアスさを例えばギャグなどのちょっとした要素で救っていくシーンがないまぜになっているのところだと思っています。なので、原作のキャラクターの明るさや軽妙さをなくさないで欲しいということをお願いしました。
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