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「新刊本のタイトルを募集します」。『小説X』担当編集者が語る 出版業界再生の可能性
2018年2月14日


読者のみなさんは、「タイトル不明」の本を知っていますか?
小学館が1月に電子書籍、紙書籍で出版した『小説X あなたをずっと、さがしてた』(著=蘇部健一)は、「タイトル不明」の本として、インターネット上に全文無料公開。タイトルを読者から募る企画を行いました。反響は上々。ニュースサイトやSNSで話題を集めました。
そこには、どんな意図や想いがあったのでしょうか?

電子書籍ランキング.comでは、『小説X あなたをずっと、さがしてた』の担当編集者にお話をお伺いしました。タイトル公募の意図とは?渦中でどのような想いだったのか?
企画のことから、著者・蘇部健一さんにまつわるエピソードなど、赤裸々に語ってくださいました!
 

少し話題になって心の中に留めておいてくれた人が1人でもいる、ということがデジタルプロモーションの重要な役割

 
― 本作は電子書籍で読ませて頂きました。
 
担当編集者(以下、編集):ありがとうございます。紙書籍は別の仕掛けがあります。簡単にページをめくらずに、順番にめくっていって下さい。ここ(前扉部)の「イラスト : こよ」という部分がポイントです。実は、イラストを数ヶ所いれているんです。そのイラストを見てしまうと、ネタバレになるので、初見の読者は気をつけてください。
 
― 小説・文芸作品にイラストが入っていると、ライトノベルの要素を感じます。
 
編集:そうですね。蘇部さんの作品には、イラストが入っているということをご存知の読者さんもいらっしゃいます。それなら、本作も蘇部さんの読者の方に、「蘇部さんは、今はこのような形で活動しているんだよ。健在だよ。」ということを示したかったんです。
前作ではイラストを最後だけに入れていますね。本作のためにイラストを入れたというよりも、蘇部さんの象徴ですね。
 
― 紙書籍ならではの取り組みをお伺いしました。電子書籍での取り組みを教えてください。
 
編集:電子書籍版のみ、あとがきを付けています。読者さんからは、「小学館の商売って何なんだ」と書かれていましたけど(笑)。電子書籍に関しては、有料版にはあとがきを付けようと初めから決まっていました。紙書籍の出版は、その後に決まりました。紙書籍にのみ収録している短編は、もし、本作が紙書籍として出版できなかったら、短編を電子書籍として出版するという約束で蘇部さんに書いて頂きました。あとがきも短編集も両方面白いので、両方読んで欲しいです。
電子書籍で無料版を読んだ方もたくさんいらっしゃると思いますが、紙書籍は挿絵と短編が入っているので、紙書籍を買っても全く損ではないと思います。また、無料版を読んだ方も、電子書籍を改めて読んで頂くと、驚きを感じると思います。電子書籍も紙書籍も、本当にお勧めします。
 
― 過去のインタビューでは、初めて原稿を読んだ時に、電子書籍向きだと仰っていました。紙向きと電子書籍向きという違いはどこにあるのでしょうか?
 
編集:私は紙向きか電子書籍向きかどうか全く考えていなかったです。デジタル事業局(※)の人間に相談したときに、始めから終わりまですぐ読めるので「電子書籍向き」だと言っていて、そうなのかなと。専門的なスキルを積んできた人の目は、流石だなと。手前味噌ですが、社内にすごく優秀な人材がいたことを再発見しましたし、デジタル事業局だけでなく販売部や宣伝部、編集部の連携を強めていけたらなと、すごく思いました。
そもそも、「電子書籍向き」という言い方が目から鱗でした。『小説X あなたをずっと、さがしてた』が、「電子書籍向き」と言われても、私自身電子書籍で読んだことが無かったので、「紙書籍向き」との違いがあまり分かりませんでした。文芸は電子書籍と紙書籍とは親和性があまり無いなと決めてかかっていたんです。しかし、デジタル分野に長けている人が、「これは電子書籍向き」と言った意味は、本作にとっては大きかったですね。
※デジタルビジネス戦略に関連するすべてのことを担う部署
 
― デジタル事業局の人は、すぐ読めてしまうという意味で、「電子書籍向き」と仰ったと思います。
 
編集:そうですね。多分、新潮社さんから出版されている『ルビンの壺が割れた』(以下、『ルビン』)も電子書籍向きだと思います。『ルビン』や本作のような作品を読んでいくなかで、電子書籍向きなのか不向きなのかが分かってくるのかなと。これまで、紙書籍の出版を前提で作家さんと打ち合わせをしていましたが、これからは作品によっては、電子書籍として出版することを前提とした打ち合わせが可能なのかなと思いますね。
 
― 電子書籍として無料で読ませてしまうと、出版した後に電子書籍や紙書籍を購入してもらえるかどうか不安はありませんでしたか?
 
編集:全然ありませんでした。それよりも何が重要かというと、年間約8万点もの新刊の中から、読者に手にとってもらう確率を上げることです。正攻法だと、8万点の中から手にとってもらえる確率はものすごく低い。しかし、少し話題になって心の中に留めておいてくれた人が1人でもいる、ということがデジタルプロモーションの重要な役割を果たしていると思います。
キャンペーン時には、無料で読んだ人が1万4000人いました。紙書籍で1万4000部というのは、あまり大きな数字ではありません。しかし、出版前に1万4000人が読んでくれていて、タイトルも数千集まったという実績は、書店さんや読者へのプロモーションになると思います。余談ですが、タイトルには「小説X」はつけないつもりだったんです。
 
― 「あなたをずっと、さがしてた」というタイトルにするつもりだったんですね。
 
編集:そうです。しかし「小説X」を除いてしまうと「知らない」本に戻ってしまうと思いました。インターネットで話題になった「小説X」が紙書籍として出版した時に、心の中に留めておいてくれた人に知らしめる意味としても大きいのかなと。
書店さんからの反応もすごく良いので期待したいですね。ただ、新刊紙書籍の8万分の1にならずに、目立つことができたので命綱を得たと思います。
 
― 公式Twitterを拝見させて頂きました。蘇部さんのお食事を発信しているツイートが特徴的ですよね。
 
編集:面白いですよね。あれは蘇部さんが勝手にツイートしているんです(笑)。私は、「何でも良いからツイートしてください」という雑な依頼をしたからか、あのようになってしまいました(笑)。蘇部さんのお食事がこんなにも面白かったのかって!初投稿で、いきなり『六枚のとんかつ』の作者が6枚100円のハムをひたすら食べていることや牛丼屋のバイトが早く終わってしまって、「惣菜が半額じゃなかったから買わなかった。」などをツイートしていて。蘇部さんが狙っているのか狙っていないのか分かりませんが、淡々とお食事をツイートしているのはシュールですね。
Twitterからは、相当厳しい生活を送っているんだなと感じざるを得ないです。みんながファミリーレストランでハンバーグを頼んでいるのに、蘇部さんだけフライドポテトを召し上がっている様子もツイートされていますし。
ファンの方は「蘇部さんを助けよう」と思ってしまいますよね。期せずしてそういう展開にはなりましたね。
 
― そうですね。等身大の暮らしを垣間見ました。
 
編集:お食事されているテーブルも段ボールなんですよね。私がそれを突っ込んだら、「あれがおかしいことだとは、10年間思ったことが無かったです。」って仰っていて、がく然としました(笑)。すごいですよね?小説を書くために身を削ることをいとわない姿は、本当に小説家気質あふれる方だと感じました。その様子を見せられたから、「私も頑張らなきゃ!」と思いました。
 
― 昨日(取材日は、1月24日)、待望の紙書籍が発売されました。
 
編集:降雪の影響で、書店さんに並ぶのは少し遅れるそうです。おそらく24、5日ごろになるかなと。都内の一部書店では早ければ24日には並ぶと思います。大々的に展開してもらえると嬉しいですね。
 
― 『ルビン』が紙書籍で発売された時は、ワゴンや陳列コーナーで大々的に展開されていました。蘇部さんは大物作家で知名度もあるので、それ以上になるのではないでしょうか。
 
編集『ルビン』は大変売れましたね。本当に見事だったなと。傍目から見ていて、そう思うような展開でしたよね。本作は、『ルビン』を読んで、「面白い」と思った方には、「またそういう手法の作品が出たんだ。」と感じて、読んでくれる人がいたらとても有り難いですね。
 



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