
テーマの「カルマ(業)」について
―― 芥川賞受賞作の『百年泥』ですが、今いらっしゃるチェンナイで日本語教師をする事になった女性が百年に一度の大洪水に見舞われて、その堆積した泥から現れた品々にまつわる出来事を追体験するという内容です。チェンナイを舞台にして、洪水の内容で作品を書こうと思ったきっかけについて教えて下さい。
石井 きっかけはズバリ洪水です。2015年にチェンナイに行ったのですが、その年末の12月に大洪水が起きました。この洪水は百年に一度の大洪水だったみたいです。その話だけでいきなり小説を書けるとは思っていませんでしたが、いつか小説に書ければいいなとけっこうメモに残してはいました。
しかし、チェンナイに行っても資格も持っていない日本語教師なので、日々手探りの自転車操業状態で、全く小説を書くどころではなかったのですが、奇跡的に3ヶ月ぐらいまとまった休みが取れました。そのときに書いたのが、この『百年泥』です。チェンナイに行ってからは、全く小説を書いていなかったので、あとから考えると作品として書けたこと自体が奇跡なので、チェンナイがくださった作品だと思っています。
―― 『百年泥』ですが、カルマ(業)という考え方がテーマの一つになっていると感じました。
石井 テーマはカルマ(業)です。カルマは漢訳仏典では「業」と訳します。日本では、漢訳仏典を通してインド思想を受け入れているので、「業」というと仏教思想だと思われる方が多いと思います。しかし、カルマという思想自体は仏教よりもっと古くからある考えです。
端的に説明すると、「身口意の行為とその余勢」というものです。「身口意」の「身」は身体で、「口」は口、「意」は意思のことで心ですね。つまり「身口意の行為とその余勢」とは、身体、口、心の行為とその余勢ということになります。個々の行為ではなく、ある種のエネルギーの連続体みたいなものが想定されていて、その流れの中に行為があるという考え方です。
例えば、今、私が喋っていることにも必ず過去に「因」があり、今、「果」として流れ出ている。今後、私が喋っている事は、「果」として現れ出るというのがカルマ(業)という考え方です。
私自身、全てモノは流れる中に置かれていて、私達の言ったり、したり、考えたりした事、思ったりした事は、全て無限の過去から無限の未来にかけて、流れの中の一滴であるという考え方なので、基本的な世界観が「カルマ(業)」なんです。ですので、この作品のテーマというより、私の書くもはすべてそういう趣旨のものになるんだと思います。
―― この作品というよりは、書くもの自体がカルマ(業)だと。
石井 この作品の最後の方、主人公と五巡目男を巡る場面で出てくる、「どうやら私たちの人生は、どこをどう掘り返そうがもはや不特定多数の人生の貼り合わせ継ぎ合わせ、万障繰り合わせのうえかろうじてなりたつものとしか考えられず、(以下略)」という文章は、私の根底を流れている考え方を端的に表現している部分だと思います。
あとは、「刹那滅」ですね。これも仏教用語なのですが、世の中のものは一瞬一瞬その都度生起しているという考え方です。つまり、「恒常的なもの」は疑ったほうがいいということです。これも私の基本的な物事の認識として自然に受け入れていて、今回の作品もその考え方で書きました。改めて振り返ると、仏教を学んだ事は活きているなと思います。
―― 仏教の考え方以外にも、インドの様々な慣習を反映させていますよね。それは現地の様子を反映されたのですか?
石井 夫が留学した時に行ったのは、インド北部のバラナシという所です。ここは北部ということで、カーストが違えば、貧富の差が激しいどころか、同じ人間ですらない感じでした。
今のチェンナイは南部なのですが、あまりそこまで厳しくなく、社員さんたちと掃除のおばちゃんとかがみんな仲良く話しているかな。特にチェンナイは都会で、働いているのもIT会社というのがあるかもしれませんが。
ただ、インドの闇みたいなところもきちんと書くべきだなと思い、後半のデーヴァラージの内面表白の部分でそういった問題を取り入れました。
―― 随所に翼を背負って飛ぶ人々のような非現実的な設定があります。いわゆるマジック・リアリズムという手法だと思うのですが、影響を受けた作品があったのでしょうか?
石井 そうですね、ガルシア=マルケスの名前を一端出すと、皆さん、マジック・リアリズムの話になります。インドの私のオフィスのパソコンの横にちょっとお気に入りの本を何冊か置いてあって、その中にマルケスの『百年の孤独』や『族長の秋』なども置いてあります。
しょっちゅう読んでいるものですから、影響を受けて書きましたというより、内面化して私の中の一部となっています。なので、手法として用いたとかではなく、ごく自然に書いたものです。
逆にマジック・リアリズムを意識した所があまりそういう風に捉えられていないです(笑)。
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