
父・政次郎をテーマにしたことで、息子・賢治を市井の人間に戻せた
―― 受賞作『銀河鉄道の父』は、宮沢賢治(以下、賢治)の父・政次郎(まさじろう 以下、政次郎)の視点から書いた作品になっていますよね。賢治はよく知られている存在だとは思いました。
門井 まつわる本も出ていますしね。今回、なぜ政次郎をテ―マにしたかというと、読者にとって意外性のある人物だからです。ご存じの通り、賢治をテ―マにした小説、評論、評伝の類は、もう世の中には山ほどありますよね。
あと、賢治を書きたいわけではなかった。最初から政次郎を書きたかったのです。つまり、賢治の父親だから書きたいのではなく、独立した政次郎という人に魅力を感じたから書きたかったんだと思うんですね。僕が魅力を感じた人が、たまたま賢治の父親だったにすぎないという事です。
―― 政次郎について書かれている本は、世の中には少ないですよね。
門井 僕の調べた限りでは、政次郎をテ―マにした本は一冊もありません。
―― 政次郎に魅力を感じたきっかけを教えてください。
門井 きっかけは、賢治をテ―マにした学習漫画を読んだことです。坂本龍馬やエジソンをテ―マにしている学習漫画と一緒に、子供達に読ませようと思って、それを買いました。
ここから小説のネタを拾ってやろうというのでは全くなく、ただただ買っておいただけです。僕は歴史が好きなので、どんな風に書かれているのかなと知りたくて読んでみました。読んだ学習漫画には、政次郎のことが少ししか書かれていませんでした。しかも、その学習漫画ではあまり良く書かれてはいない。
例えば、賢治を抑圧したり、賢治にモノを書かせないようにしたり。ここだけ切り取るとあまり良い父親ではありませんが、僕は立派な父親だと思いました。これは調べてみる価値があるぞ、と思ったのが、この本を書くきっかけですね。
先ほども言いましたが、政次郎の本は1冊も無い。となると、政次郎をテ―マにした本を出せば、初めての本になると。僕にとってこれは、なかなか強烈なモチベ―ションになりました。
―― 今回、書かれた政次郎には、当時の家父長的なイメ―ジがあまり感じられません。むしろ、賢治や賢治の妹のトシに本人がやりたい事をやらせて育てているイメ―ジです。その分、自分が子供たちを守ってやるぞという人間だと強く感じました。このイメ―ジは、調べて浮かび上がってきたものなのでしょうか?
門井 調べた上で矛盾のないように積み上げた人物像だと思います。調べるといっても、政次郎についての資料は少ない。その現存する貴重な資料を集めて読んだ結果、こういう人だったんだろう、というようにして人物像を作り上げました。
―― 政次郎は同時代の父親の振る舞いとは、かけ離れていたのでしょうか?
門井 冒頭に書きました看病のシ―ンが象徴的ですね。賢治は学校に上がる前に赤痢にかかって入院していました。政次郎はそんな賢治を泊まり込みまでして看病していたんですよ。これは、当時の父親としては、極めて例外的だったろうと思います。
そもそも赤痢は伝染病です。病人の看護は、今の状況とは全く異なるもので、汚れ仕事と思われていたくらいです。そんなことを男、ましてや家長がやることではないというのが普通の認識だったと思います。
そういった面がある一方で、明治時代の家父長的な面も持っている。なので政次郎は、当時の典型的な明治の人の面とそうではない面を併せ持った人物だと思います。
―― 政次郎と賢治との関係性を通して親子愛を強く感じる作品だと思います。この作品を通して親子愛を伝えたかったのですか?
門井 そうですね。親子愛というものは必ずしも理解あるいは和解の形をとるものではない。父親の愛情は時に抑圧的という形をとります。息子の愛情は時に反抗という形をとります。愛情でさえも複雑な側面があるという事を出したかったんです。愛憎って言ったら良いのかな、愛情のいろいろな形を全部この2人に託したかった。逆に言ったらこの2人だったら託せると思いました。
―― 直木賞の選考委員の方からも、「父と子の感情がよく描かれていて弾力性や愛情が細部に宿った点が小説として良かった。」という講評を受けていました。この点に関して何か意識した事はありますか?
門井 小説というのは、要するに細部の文学ですから、細部によって生きもするし、死にもすると思います。
意識したことは2点あります。1つは歴史的な情報に関する細部。なるべく細かい所まで追いかけていって、それによって物語に真実味や説得力を加えようということ。もう1つは、心理面での細部。人間の心理は、本当に複雑だから言葉で追いかけ始めると止めどころがないじゃないですか。
共通しているのは、なるべく細かい所まで追いかけたということ。追いかけて、なおかつ読者がスラスラ読めるようにしようと。これは心理面での僕のテ―マでしたね。いつもそうなんですけど、今回は特に心理面を多く扱うので。それからはもう逃げない。この辺で良いだろうとは思わないようにしようと強く意識しました。ですから、そこを評価して頂けるのは、とても嬉しいです。
―― 以前のインタビュ―では、政次郎と立場が近いなと感じながら書き始めたのが、書いていくうちに賢治に近いと感じるようになったとおっしゃっていましたが、それはどういったところでしょうか?
門井 少しおこがましく聞こえるかもしれませんが、賢治の置かれた状況と僕の置かれた状況が似ていると思ったからです。先程も申し上げましたが、僕は政次郎を書こうと思ってこの作品を書き始めたのですが、賢治の成長とともに賢治のダメ息子っぷりが露呈してくるというか、社会的無能力者ぶりが極めて僕自身と似ていると感じました。
父が会社を経営していたのに、僕はその跡を継がなかった。社会的に何をするわけでもなく、文学新人賞に応募すると言っては、ひたすら原稿を書く生活をしていました。これは正に賢治と同じなんですね。ですから、書いているうちに、初めて自分は賢治と似ていると気づきました。と同時に、僕は父親という立場から政次郎と、生きざまという点からは賢治と似ています。
この発見に至るまでは、父親の人物像を書いていたものが、父子の関係を本当の意味で書く事になりました。それはテ―マが変わったというよりは、むしろ深まりと広がりが加わりました。この小説にとっては、むしろ良い変化だと思っています。その変化から逃げずに真っ向から向かっていきました。
―― 父と子それぞれの感情を知っているからこそ書けたということなのでしょうか?
門井 政次郎の像も立体的になりましたし、賢治という補助線を得てより具体化できたと思います。その結果として恐らく、賢治の話としても今までになかったものになっているかもしれません。
それともう1つ、賢治を神格化したくはなかったんです。既に賢治は神格化されていますよね。道徳的で農民の為に辛い思いをして、「雨ニモマケズ 風ニモマケズ」では、苦況にも負けない姿勢を示している。すると、どうしても聖人伝説がついて回りますよね。でも父親目線で見れば、聖人と言えるわけないじゃないですか。
そういう点では、もちろん偶像破壊が目的ではないにしても、結果として神格化された賢治を市井の人間に引き戻す役目を果たせたと思います。












