
今後も歴史小説は僕のメインの仕事
―― 門井先生はいつごろから歴史に興味を持ち始めましたか?
門井 興味を持ったというよりも、むしろ興味を持たざるを得なかった環境でした。1つは慶喜(よしのぶ)という名前のせいです。もう1つは、父が歴史好きだったので、実家の中には歴史の本が溢れていました。どちらにせよ父の影響ですね。
学校で出席を取る時に、「よしのぶ」と読めない先生が時々いらっしゃいましたね。その当時、徳川慶喜の名前は、今ほど知られておらず、知っている人は知っている人で、今度は評価が正反対でした。褒める人は「家康以来の大名君。英邁な君子。」と言うし、けなす人は「大坂城で逃げやがって。」と言いますし。
子供の頃はそれを相対化出来ないですから、まるで自分がそれを言われているかのように受け止めてしまっていました。僕にとって歴史は解釈するものというよりは、解釈せずにはいられないもの。解釈しないと安心出来ないものだと思います。そのようにして僕と歴史との関係は始まったと思っています。
―― モノを書く時にも歴史小説を書こうと思うのは、先ほどの理由とは関係ありますか?
門井 そうですね。他にも政治、経済、科学とか鉱物学など、興味のあるジャンルは色々ありますが、ずっと心の中で長く付き合ってきたのは歴史という事なんでしょうね。
―― 歴史小説を書く上で、やはり決して無視する事が出来ないのは司馬遼太郎だと思います。以前のインタビュ―では、かなり意識していると仰っていましたが、どういった部分を意識されているのでしょうか?
門井 やはり本屋さんで僕と司馬遼太郎の本が両方並んでいたら……。みんな司馬遼太郎の本を買うに決まっているじゃないかと。その存在はやはり憧れです。もちろん、司馬遼太郎は面白い小説を書いた作家です。一種の文明批評家みたいな佇まいになり、賢治とは別の意味で神格化されている存在ですよね。その存在の大きさが意識の対象になります。
もう1つは、やっている事の範囲の広さ。文明批評という言葉にも繋がるんですけれども、小説以外にエッセイや紀行文を書いても上手ですよね。とにかく何のジャンルでも、クオリティ高い作品を出し続けることができる凄さを感じます。
司馬遼太郎に近づくという意味では、僕もエッセイを出す。近著『にっぽんの履歴書』は、初めてのエッセイ集です。やはり内容は歴史中心になっていますが。司馬遼太郎に近づいたと言えるかどうか分かりませんけれども、エッセイ集が出せてすごく嬉しかった。これまで、僕は小説、評論、対談を出しましたが、エッセイ集だけは出していませんでした。これで欠けたピ―スが埋まりました。
司馬遼太郎とそんなに違った事をやっているつもりはないです。全体的には同じ方向を見ていると思っています。あと、司馬遼太郎が取った賞(※)を僕も取ったという事で(笑)。
※司馬遼太郎は『梟の城』で第42回直木賞を受賞
―― 『にっぽんの履歴書』ではどのような事を伝えたいかを教えて頂けますでしょうか。
門井 僕の史観は、いわゆる歴史観ではなく、あくまでも人間の魅力がベ―スになっていると思います。『にっぽんの履歴書』では、歴史の中における人間と、その人間による営みの魅力を常に意識して書いています。個々の歴史観に賛成や反対というよりは、もう少し視野を広げて人間そのものを観ています。このような点も恐らく司馬遼太郎と共通しているのではないかと、勝手に思っています。
―― 司馬遼太郎は、人物を主役にした作品が多い印象です。
門井 司馬遼太郎と同じものを書くということは、つまり司馬遼太郎が取り上げた題材を僕も取り上げるということです。僕も新選組をテ―マに『新選組颯爽録』などを書いているんですけど。もちろん同じ題材だと同じものしか生まれないですよね。司馬遼太郎と同じテ―マを扱うなかで、僕の作品は司馬遼太郎のそれ(『新撰組血風録』)と比べてもそんなに劣っていないというか、圧倒的な差はつけられていないと思っています。
個々の作品で言えば、『竜馬がゆく』。坂本竜馬が本当に小説に書かれているほど、大政奉還に関わったのかは今でも大問題なわけです。「本当に出来るわけないだろう、浪人あがりが。」と言う人もいますし、その他様々な意見があります。しかし、これらの様々な意見は恐らく、文芸の本質ではないと思います。
本当かどうかは、そんなのどっちだっていいわけですよね。それよりも坂本竜馬という魅力的な人間がいて、それが我々にとって学ぶに足る人物だという事が、一番大事だと思うわけです。個々の解釈は、どっちでも良いとまでは言わないけれども、2番目の問題だと思います。
―― 門井先生の今後の作品では、主に歴史小説で人に焦点を当てた作品を出そうと考えているのですか?
門井 今後も歴史小説は僕のメインになっていくと思います。そして、その作品には2通りあるんだと思います。1つは人物伝ですね。直木賞受賞作も政次郎伝です。もう1つは、人間よりも人間達に、人間の心理よりも人間達の行為にスポットを当てたもの、というのがあると思います。それが典型的なのは、『家康、江戸を建てる』。これはどっちかというとプロジェクトのほうが主役です。人物の小説とか、プロジェクトの小説、今後もこの2本立てでやっていくんだろうなと思います。
―― これからもまだまだ知られていない人物やプロジェクトに迫っていくんですね。最後に、このインタビュ―の読者の方にメッセ―ジを一言、お願い致します。
門井 歴史小説は、全然難しくないですよ。予備知識もいりません。賢治の作品を一遍も読んでいなくても、『銀河鉄道の父』はスラスラ読めます。心に残るものはあるはずですから、手ぶらで来て下さい。
■門井慶喜(かどい・よしのぶ)
1971年群馬県生まれ。同志社大学文学部卒業。
2003年「キッドナッパーズ」でオール讀物推理小説新人賞を受賞しデビュー。2015年『東京帝大叡古教授』、翌年『家康、江戸を建てる』が続けて直木賞候補となる。
2016年に『マジカル・ヒストリー・ツアー ミステリと美術で読む近代』で日本推理作家協会賞(評論その他の部門)受賞。同年咲くやこの花賞(文芸その他部門)を受賞。
2018年、『銀河鉄道の父』で第158回直木賞を受賞。
『銀河鉄道の父』
<内容紹介>
宮沢賢治の生家は祖父の代から富裕な質屋であり、長男である彼は本来なら家を継ぐ立場だが、賢治は学問の道を進み、創作に情熱を注ぎ続けた。
地元の名士であり、熱心な浄土真宗信者でもあった賢治の父・政次郎は、このユニークな息子をいかに育て上げたのか。
父の信念とは異なる信仰への目覚めや最愛の妹トシとの死別など、決して長くはないが紆余曲折に満ちた宮沢賢治の生涯を、父・政次郎の視点から描く、気鋭作家の意欲作。




『にっぽんの履歴書』
<内容紹介>
第158回直木賞(平成29年下半期) 受賞後第一作!
著者が長年創作のテーマとして考えてきた「歴史と日本人」をこの一冊に。
――戦前の日本は、お人よしだな。
そう思うことがある。植民地のために人をやり、金をついやし、わざわざ政治的、軍事的困難に足をつっこむ。
そうして台湾のみならず東北アジア地域そのもののなかで出る杭になった末に、あの領土の奪い合いでもない、人民革命ののろしでもない、何だか理由はよくわからないがとにかく日本の膨張が一因らしい対米戦争へずるずる入って行ってしまった。
(「お人よしの台湾統治」より)
新直木賞作家が平成の終わりに考えた「この国のかたち」。
・元号は平ったく言えば天変地異の占いの道具だった
・植民地経営に乗り出した戦前の日本はお人よしだった?
・宮沢賢治と夏目漱石の文体の「秘密」
・「艦これ」の隆盛を司馬遼太郎が予言していた!?
・新聞はほろびたという議論は明治時代からあった
・刀は物体、剣は精神である
・女工哀史は本当に「哀」なのか
・人口減少で「邪悪な正義」も減る ほか、 全50篇。
フェイクでもヘイトでもない。この国の豊かな歴史にふれる渾身の歴史エッセイ集。















