全国の書店員がその年最も売りたい本を決める「本屋大賞」。
「2018年本屋大賞」に選ばれたのは、辻村深月の『かがみの孤城』である。しかも、2位以下の作品をぶっちぎっての受賞だった。
メフィスト賞を受賞した『冷たい校舎の時は止まる』でデビューし、『鍵のない夢を見る』で直木賞を受賞した。「本屋大賞」はノミネートされるも、なかなか受賞に至らず、今回で4回目のノミネートだった。
ファンからも「ぜひ、本屋大賞を取って欲しい」という声が多かったという受賞作『かがみの孤城』は、「この本が皆さんの鏡になって欲しい」と語る一作だ。
「本屋大賞」への想いとともに、なぜ『かがみの孤城』が書店員からも、ファンからも絶賛される作品となっているのかを著者本人が今作に込めた想いとともにお伺いした。
本屋大賞は本の世界の観光大使
―― 2018年本屋大賞受賞おめでとうございます。受賞が決まった時のお気持ちを教えてください。
辻村深月さん(以下 辻村):今まで3回ノミネートしていただいて、今回が4回目のノミネートで途中から「本屋大賞はノミネートを喜ぶ賞なんだ」って思うようになっていました(笑)。自分にはご縁がないものだと思っていたので、ノミネートされた後の事は考えないという心持ちでいました。
ただ、今回はノミネートされてから、Twitterやお手紙で「(本屋大賞を)取って欲しいです。」とか「こころたちの頑張りが報われますように。」や「(本屋大賞を)取ったらもう自分の事みたいに嬉しい。」といった声が凄く多かったんです。なので、自分というよりその読者の思いに応えたいという気持ちが強くなり、受賞が決まってからは「みんな、ありがとう。やったよ!」という気持ちでした。
―― 受賞の連絡を受けてから実際に発表されるまで少し時間があったと思います。
辻村:周囲にまだ言えない、というのがもどかしかったです(笑)。早くみんなとお祝いしたいという気持ちでした。今回の『かがみの孤城』は、居場所がないと感じている誰かへ向けての本なので、私への投票というより、この本を必要としている人が必ずいると書店員さん達が思ってくださった結果だと思っています。書店員さん達からの信頼を感じ、光栄に思っています。
―― 受賞されてから、少し時間が経ちました。今はどんなお気持ちですか。
辻村:報道などで大きな話題にしていただいたので、改めて、すごいものに選んでいただいたんだなと感じています。本屋大賞をきっかけに私の本を初めて読んでくださったという読者の方も年代問わずいらして、60代の読者の方から「自分と全然関係ない、今の子どもたちのことが描かれている本だと思って読んだら、最後は号泣。これは私の本でした」と言っていただいたのは嬉しかったですね。
皆さんが受賞を喜んでくれるのが純粋に嬉しいです。お子さんがこころに近い境遇にいるお母さんの読者の方からは「この本が読まれることで私たち親子がどれだけ守られているか、辻村さんには想像できないくらいです」というお手紙が届き、作品が私の手を離れてみんなのものになっていく凄さを、著者として目の当たりにしている感覚があります。
―― 今回4回目のノミネートで受賞となりましたが、振り返ってみていかがですか。
辻村:毎回ノミネートがとても励みになっていました。『鍵のない夢を見る』で直木賞をいただいた時、すごく嬉しい反面、大きな賞をいただいてしまって、これからどうなっていくんだろうという不安や怖さみたいなものもあって。だけど、そう思って周りの作家さんをみた時、直木賞をとった後で「代表作」と呼ばれる作品をいくつも書かれている先輩たちがいた。そのことが心強かったですし、自分もそんな作家になりたいと願って書いてきて、直木賞受賞後第一作の『島はぼくらと』が本屋大賞にノミネートされたのは本当に嬉しかった。その後も毎年のようにノミネートしていただき、1年自分がやっていることをちゃんと見てくれる人たちがいるんだという手ごたえを常に感じてこられました。
―― その中で『かがみの孤城』で受賞しましたが。
辻村:どの時点で受賞になっても嬉しかったとは思います。ただ、今回この作品で受賞となった時に、今までの自分の原点に戻ったようでもあるし、戻りつつも最高到達点だという気持ちもあったので、ここまでノミネートされた他の作品も一気に全部報われた気がして、なんだかほっとしました。
あと、今回の受賞でよかった!と一番思ったのは、前年度の受賞者が恩田陸さんで、プレゼンターとして恩田さんから壇上で花束をいただけたこと。私は十代の頃から恩田さんの本が大好きで、まさに「私達のための小説だ」と思って読んできました。その恩田さんからのお祝いの言葉を聞きながら、「このためにみんなが受賞を今年に合わせてくださったんじゃないか」と思うぐらい嬉しかったです。
―― 賞もそうですが、恩田陸さんから花束をいただいたのも嬉しかったと。
辻村:そうですね。あと、受賞会見でも話しましたが、この話は、周りが敵だらけに思えて身動きが取れない人たちに、「外に出ていくのが怖いなら、こちらから迎えに行くよ」という気持ちで鏡を冒険の入り口にしました。10代の時、私の部屋の鏡は光りませんでしたが、その代わりに、本が私の鏡だったんです。本を開くことでいろいろな場所に冒険をしたり、さまざまな主人公の人生を歩むことができました。『かがみの孤城』も誰かの本棚の中でそんな存在になってくれたら嬉しいです。
恩田さんの本を扉にしていた私が、今、誰かに扉を送る側になったのだと思ったら、今度は私の本を読んだ誰かがその気持ちをまた次の誰かにつなげてほしいと思った。本屋大賞は、そのバトンを書店員さんたちが読者に託してくれる賞でもあるんだな、と感じました。
―― 本屋大賞がバトンということですが、どのように活動したいとかありますか?
辻村:本屋大賞は書店員さんからの信頼の賞だと思っています。書店員さん達がこの作家と『かがみの孤城』なら読者に届けて大丈夫、という確かな信頼を寄せてくれた。これまでノミネートしていただいた時も、本屋大賞は1位だけのための賞ではなくて、本当はすべての本を売りたい、届けたいという思いから生まれた賞だとずっと感じていて、その象徴としての1位なんだと思ってきました。今年の象徴に選んでいただき、書店員さんたちからは本と書店の世界の観光大使を任せてもらったという思いでいます。その気持ちに応えられるような次の本を、一冊一冊、また大事に送り出していきたいです。