
子供に大人を頼って欲しいと思って書いた
―― 『かがみの孤城』が2013年にポプラ社の文芸誌『asta』で連載されていたものを大幅に加筆修正して、2017年に刊行したものです。そもそも『asta』で執筆するようになったきっかけはなんでしょうか。
辻村: 最初は、どんな小説でも良いというご依頼だったのですが、ポプラ社さんは私自身が子どもの頃にものすごくお世話になってきた児童書を出していた老舗版元さん。そこからのご依頼ならば、やはり10代の子たちを主人公にした物語が書きたいと思いました。
―― 児童書というつながりですと、『かがみの孤城』では『ナルニア国物語』や『赤ずきん』といった多くの児童書の名前も出てきます。
辻村:そのあたりは、私自身のそれらの本への感謝や憧憬もかなりあると思います。特に、今回は冒険の入り口が鏡になるので、『ナルニア国物語』のクローゼットが入り口になっている様子を連想してくれる方も多いと思いました。出版してから、読者の方何人かから、「ファンタジー小説は一度冒険に出かけると長く元の世界に帰ってこない話も多いけど、『かがみの孤城』は通いの冒険ですね」と言っていただいて、はっとしました。そうか、私がやりたかったことは冒険に「通う」ことなんだ、と後から気づいたんです。
―― 『かがみの孤城』では、不登校を続ける主人公・こころをはじめとして、学校に居場所がなくなってしまった少年少女が登場します。“不登校”がキーワードになっていますが、それをキーワードにした理由はなんでしょうか。
辻村:毎日学校が楽しくて、何の憂いもなく通っていた人なんて稀有な存在だと思うんです。嫌いな科目があるとか、友達と喧嘩をして気まずいとか、そういう一日一日の積み重ねでどうにか通っていた、という子の方が実際は多いはず。学校を休むことはよく「逃げる」ように言われてしまいますが、私はその子たちは「逃げた」のではなくて「休む勇気を持った子」だと感じていました。この気持ちがわかる人もきっとたくさんいるだろう。その子たちを描くことで、学校のことや10代の窮屈さのようなものがこれまで以上に突き詰めて書けるのではないかと思いました。
―― 主人公以外の登場人物もそういった子ですが……。
辻村:休む勇気を持ったその後で、だけど、本当は学校に通っていたら出会えていたかもしれない友達や体験が奪われた状況になるのはあまりにも悔しいし、もったいない。ひょっとしたら、その子たち同士が会ったら、何か理解できるものがあるかもしれない、と。だからこその「学校」ではない場所への「通いの冒険」になったのでしょうね。
―― 辻村さんが10代の時に思っていたことなども反映されているのでしょうか。
辻村:私自身も学校が好きか嫌いかと問われると、楽しくて大好きだったとは言えないタイプです。よく中高生に「どうしてこんなに中学生の気持ちが分かるんですか?」と質問されるのですが、その答えはシンプルで「私も中学生だったから」。そんなふうに聞かれるようになったことで、自分が今、大人になったんだなぁということを実感します。
大人って、ある日急に違う存在になることのように思えるかもしれないけれど、実は、子ども時代の苦しかったり、出口がないように思える日々の向こうで確実につながっていること。大人になった今、そこも含めて言葉にできるようになってきました。
初期の頃は10代の子のものを書いていて、大人の理不尽な行動を「大人め!」と憤った気持ちでいたのですが、『かがみの孤城』では、それがいつの間にか「大人がごめんね」と謝るような気持ちの方が近くなっていたんです。
―― 大人になったことを実感しながら書いたと……。
辻村:そうですね。自分自身の感覚として、子供時代、いかに大人が信用ならないと感じていたか、心を開かないと決めていたかを知っているからこそ、大人になった今、子どもに対して、「ふがいない大人だし、情けなく感じることもあるけれど頼ってほしい」という気持ちが強くなりました。その結果として、この話が大人にも支持されるものになったのかなと思います。
読者から「読み終えて、子どもを助けるのはやっぱり大人じゃなきゃいけないと思いました。だって私たち子どもだったんだから」という感想をいただいて、それも、気持ちが届いたと思えた瞬間でした。












