本を読みたいと思っている人たちは潜在的にたくさんいるので、そこにどうアクセスするのか
――出版業界は「斜陽産業」と言われることが多いですよね。経済学的な観点から、今後の出版業界について、紙と電子書籍の割合とか、先生はどのように思われますか?
本が売れなくなった、読む人が減ったと言われるけども、両者は同じことではない。後者の読む人が減ったというのは、データとしてそんなに裏付けがある話なのかなという感じがします。本は売れなくなっているかもしれないけど、読む人は実はそんなに減っていないのではないかと思います。
例えば、公共図書館を利用して、自分では本を買わないけど本を読んでいるという人たちはたくさんいるわけです。実は本を読んでいる人の数は減っていない。ただその数は、売れ行きには反映されていないというだけではないでしょうか。
――たしかに、公共図書館では読もうとした本が予約でいっぱいになっていることもあります。読書への関心はあるけど、本の購入には至らないということでしょうか。
はっきり言って、日本の出版業界は粗製乱造している。発行点数はすごく増えてるじゃないですか。それが全部一定のクオリティ以上のものを出した結果としてそうなってるのならいいけども、発行点数の増加っていうのは平均的なクオリティの低下と結びついて起こっているように懸念されます。それは作品点数を多く出版することで資金繰りとかが楽になるとか、そういう事情があってやってるという面があると思います。しかし、もうしそうだとすると、長い目で見ると自分で自分の首を絞めているようなことを出版社自身がやってしまっていることになります。
――そうですね。そうなると発行点数を増やすよりも一冊ずつのクオリティを上げることが重要になってくるということですね。
出版社はある程度作品のクオリティを上げて、コスト的に安く売れる電子書籍で販売していけば、すなわち、コスト・パフォーマンスが十分に高いと思えるようになれば、いまは本を買わない人も本を購入するようになるのではないかな。紙の書籍を作らずに電子書籍だけ出版するとしても、編集作業とかをきっちりしないとクオリティは確保できない。本当は「誰でも簡単に出版できる」というわけではないと思う。だけど技術的には誰でも簡単に出版できるから、玉石混合で出版されてしまう。クオリティの高い作品を出そうとすれば、電子書籍でもそれなりのコストはかかるはずです。
――コストを抑えつつ質も高い作品を出版しないと、読者に手に取ってもらえませんよね。
紙の書籍に比べれば電子書籍は安く出版できるはずだから、そういう形で出版すれば経済的に余裕がなくて図書館で借りる読書家だって、自分で買えるのならその方が利便性がいいですよね。
だから「本を読む人が少なくなった」というのは事実ではありません。少なくともデータ的に明確な裏付けがある話ではありません。本を読みたいと思っている人たちは潜在的にたくさんいるので、そこにどうアクセスするかというところで工夫が必要なのではないかと思いますね。
――出版業界の制度については、どのように思われますか?
紙の書籍は再販制度があるじゃないですか。出版社が本の定価を決めて、書店はその定価で販売する制度。その再販制度を守るために、初版を出版してから何年も経った本でもずっと同じ値段で販売されていますよね。
出版してから3年経ってたら、5割引きで売ったりとかしてもいいんじゃないかと思うんですけどね。紙の本が再販制度に縛られている中、Amazonが電子書籍をかなりディスカウントして販売したりとか、実験的にいろいろやっていますよね。
私が出版した電子書籍も、あるときAmazonで「今日だけ半額」セールの対象になっていました。こうした試行を通じて、Amazonとかの電子書店は、どれだけ価格を下げたらどれだけ売れ行きが伸びるのかというデータをすごく蓄積していると思うんですよ。そうした「どれくらいの値段でどれくらい売れたかという動き」のことを「価格弾力性」と経済学ではいうのですが、「価格弾力性」の値がどれくらいかというデータを一番持っているのはやっぱりAmazonでしょう。普通の日本の出版社はそんなデータは全然持っていないと思うんですよね。そうした状態でどんなマーケティングをしていくかって話で、それで「出版不況です」と言われても、努力不足ではないでしょうかという感じがします。
――では最後に、学生や新社会人など、経済学の知識がこれから必要だと感じる方々にオススメの本をご紹介いただきたいです。
井堀利宏さんの『大学4年間の経済学が10時間でざっと学べる』という本が、なかなかたくさん売れているみたいです。今おっしゃったようなニーズにすごく適っている本でしょう。あと、ライフネット生命保険株式会社の社長・岩瀬大輔さんの『入社1年目の教科書』とかもオススメですね。

<池尾和人(いけお・かずひと)>
1953年京都府生まれ。金融論や日本経済論を専門とする日本の経済学者。慶應義塾大学経済学部教授。
日本債券信用銀行取締役、日本郵政公社理事などを歴任。ミクロ経済学の視点から金融論を分析している。主な著書に『現代の金融入門 [新版]』(2010年 筑摩書房)、『連続講義・デフレと経済政策――アベノミクスの経済分析』(2013年 日経BP社)などがあり、電子書籍でも出版されている。












