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マンガビジネスはどう転換していけばいいのか?『マンガ雑誌は死んだ。で、どうなるの?』著者・飯田一史さんに聞く
2018年8月24日


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「マンガ雑誌は死んだ」であって「マンガが死んだ」とは言っていない

 
―― 自社メディアがなくなるということは、本の中でも書かれていましたが今までのブランド売りがなくなっていくことになります。そのへんはいかがでしょうか。
 
飯田:まず「ブランド売り」とは何かの説明が読者に対して必要だと思うのでしておきますが、これはたとえば「ジャンプの新人だから読んでみよう」とか「このレーベルなら間違いなく自分の趣味と合っているだろうから、買う」という購買行動のことですね。こういうことができると、出版社や作家からすると作品をターゲット顧客に届けやすくなり、読者からすると探す手間が省けるというメリットがあります。
 しかしLINEマンガやpixivコミック上でいま何が起きているのかというと、こういう場所ではたとえばジャンプ作品を「ジャンプブランドです」とまとめて紹介する義理はない。だからすべての作品が単品で売られることになります。読者からすれば単品販売だろうとおもしろいものが読めれば関係ないですが、出版社や作家からすると新人・新作を読んでもらうためのハードルが「ブランド売り」ができた時代よりも高くなってしまいます。
 だからこそ、各出版社は自社アプリを持つことで紙の雑誌時代にできていたブランド売りを再興させたいという意図がある。
 で、それができなくなったらどうなるか? ということですよね。

 単品で戦うしかない。以上。

 ……というだけの話です。
 では単品勝負になったときに出版社や編集者の提供できる価値とは? 介在することによって生まれる価値とは何だろう? ということになりますよね。それがなかったら存在しなくていいわけです。
 すでにpixivや同人出身の作家からは「商業で描いても結局宣伝は出版社はロクにしてくれなくて自分のSNSでするしかないし、編集者とISBNがついたからといって読者数や売上が劇的に増えるわけでもないし、なんなんだろう」みたいな話はよく出ています。
 出版社や編集者は、企業として、一個人、一作家ではできないようなことを作家に対して提供しなければならない。
 今までは「紙の出版物を刊行するのはキャッシュが必要で、作家一個人には難しいのでそのリスクを肩代わりします」というのが出版社の提供価値であり、編集者の提供価値は「作家の対話相手になることで作品の商業的な価値を向上させること」でしたが、今日ではそれだけでは足らない。
 では具体的には何をするべきかと言うと、作品や作家に対するロイヤリティを上げ、LTV(Lifetime Value。ざっくりわかりやすく言えば長期的な客単価)を上げる装置(しくみ)を用意すべきだ、というのが私の考えです。
 ウェブやアプリの世界には再販制度はありません。今までみたいにコミックス1冊600円とかで部数を競うという世界ではない。アプリで動画広告観る代わりに入手した無料チケット使って読む人もいれば、高単価なグッズを買う人もいるし、「マンガ図書館Z」がやっているみたいに、電子版にプラス十万円くらい払って作家との飲み会の権利を買う人もいる。
 「マンガを売る」「マンガビジネスをする」とは、今日ではかつてのように「雑誌を売る」「コミックスを売る」の2つしか選択肢がないものではありません。提供する商品/サービスに応じて、単価が数円から数十万円までのレンジに分かれたものを組み合わせて稼ぐという時代です。「紙のコミックスの部数」は「マンガの人気を決める絶対的な指標」ではなく「数ある指標のうちのひとつ」になった。まずこれを基本的な前提としなければならない。
 しかし当然ながら、作品や作家に対するロイヤリティの低い人が高単価な賞品やサービスにカネを払うわけはないので、publisherや編集者は作品や作家に対する顧客ロイヤリティを高める(濃いファンになる)しくみを作り、かつまた、ロイヤリティと顧客のサイフに応じて各作品・作家に可能な範囲で気持ちよくお金を払ってもらえる商品/サービスのラインナップを用意する。
 これまでの提供価値に加えて、こういうことを用意するのが、今の時代のマンガ版元/編集部の存在理由だと私は考えます。
 単に作品づくりをケアする機能だけ提供するのであれば、編プロかマンガ制作会社でしかない(そういうプロフェッショナルも絶対に必要ですが)。企業としてマンガ出版社が今の時代に合わせて、一作家ではできないことを提供するというのであればそれしかない。
 
―― ブランディングをし、顧客ロイヤリティを上げることが重要だと……。
 
飯田:「出版社や編集部のブランディング」と「作品・作家のブランディング支援」は分けて考えなければいけません。前者は何のための必要かといえば、後者をするためです。たとえば、ジャンプブランドというものがいくら認知されていても、個別作品が売れなければ収益が上がらないのだから版元にとっても作家にとっても意味がない。
 したがって優先順位というか、取り組まなければならないことの本質は「作品・作家のブランディング支援」です。出版社/編集者が作品・作家のブランディング支援をする手段として自社メディアを持つことが有用ならすればいいし、採算が合わないならやらなくてもいい。自社メディアを持っていても作品・作家のブランディング支援ができないなら意味はない。そういうことです。
 
―― 顧客ロイヤリティを上げて、単価を上げるという手法はアイドル業界を中心に多く見られますね。
 
飯田:そうですね。このまえ、さいたまスーパーアリーナにTWICEのライブを見にいったときに、物販に2時間ぐらい並んだんですよ。そのとき周りを見渡したら、けっこうスマホでマンガ読んでる人っているわけです。だけどマンガアプリで課金したり動画広告回して読んでいたとしてもせいぜい数十円から数百円程度、電子書籍で買っていたとしても1冊15分で読んでたら2時間で8冊だから1冊600円とすると4800円ですよね。まあ5000円も払ってる人はほとんどいないでしょう。でも、ライブの物販では大学生ぐらいの人でも平気でみんな数万円とか払っていろんなものを買っていく。マンガは2時間でたかだか数百円、ライブの物販は数万円。この客単価を比較すると悲しくなりましたね。たとえその2時間、列に並んでいることを忘れさせるくらい「おもしれー!」って思わせていたとしても数百円は数百円でしかない。
 マンガは客単価が安すぎる。作品の価値の高さに対して、得ている金額が少なすぎる。もっと単価を上げる方法を用意するべきです。
 
―― 今後、出版社の担当編集は顧客ロイヤリティを上げるための戦略を考える必要があるということでしょうか。
 
飯田:究極言えば、そうだと思います。ただ私ももともと編集者だったので思うんですけど、編集者ってあまりにも違う能力をいくつも組み合わせないと務まらない仕事で、普通の人間にはムリゲーです。
 たとえば企画する発想力、著者に締め切りを守ってもらいながら気持ちよく仕事をしていただくための人間力、文章を校正する能力、作品の構成を考えたり整えたりする能力、装丁をディレクションするビジュアル面の構想力、どうやって売るかというマーケティング力……等々をひとりの人間に求めるのは酷ですよ。もっと分業した方が絶対に打率は上がる。
 だから今日お話したようなことを現場でマンガ作品を担当している編集者に「考えろ。やれ」って言っても不可能というか中途半端にならざるをえない。そういうことはそういうプロを雇って任せるか、出版社内のリソースをもっと活用してチームを組んで対処する方が現実的だと思います。
 営業の人は書店を見ているわけだし、宣伝の人はどこに広告を打つと効果があるとかわかっている。営業や宣伝の人も交えて「この作品だったらこういう売り方がいいんじゃないか」「こういうしかけをアプリと書店連動でやろう」みたいに組んでいくほうがいい――もちろん、やられている会社もたくさんあるとは思いますけども。
 
―― 補章で韓国の現状について触れられています。LINEやcomico、ピッコマなどのアプリ運営会社は、韓国資本です。現状はアプリを主としたプラットフォームが目立っていますが、作品そのものが盛り上がって来ることなどはあるのでしょうか。
 
飯田:「作品そのもの」をマンガに限定するのかIPという意味で捉えるかですが、後者であれば全然あると思います。たとえばXOYというNAVERがやっているマンガアプリで連載されている『私は整形美人』が今ドラマをやっていたり、ピッコマで配信されている『恋するアプリ』はNetflixでドラマ化予定です。そういうふうに映像化された作品を入り口にして原作マンガを読む、または「知る」人は増えると思います。個人的な印象ですが、マンガは国によって演出の方法が違うので、なかなか国境を越えた大ヒットにはなりにくい。たとえばアメコミやフランスのバンドデシネって日本のマンガと文化・文法が違うので、日本では国産マンガほどはなかなか広がらないですよね。それと同じ話です。でもドラマや映画の演出技法は基本的に世界共通です。そして韓国ドラマは根強いファン層がいますし、今は第三次韓流ブームで若い人の韓国への関心も非常に高い状態にありますから。
 
―― 韓国のマンガアプリが日本より進んでいて、日本でも受け入れられている理由はなんでしょうか。
 
飯田:よく「韓国は人口が少なくて市場規模が小さいから輸出をしないといけない」という人がいますが、そんな単純な話ではないと思います。だいたい、その理屈で言うと人口が日本の倍くらいあるアメリカが世界最大のコンテンツ輸出国であることが説明できない。日本より人口が少ない国で韓国並みにコンテンツ輸出国になっている国がどれくらいありますか? という話です。
本にも書きましたが、韓国の出版社やIT企業大手の売上は日本の会社の売上と遜色ありません。韓国市場だけでも回るぐらいのマンガマーケットもある。では、なぜ海外進出できるのか。これは私見ですが、人材のレベルが違うことに尽きると思います。
 日本の出版社やIT企業はせいぜい学士しか持っていない人(学部卒)が多い。でも、グローバルに見れば、有名な企業のマネジャーレベルはMBAやコンピュータサイエンス等の修士や博士を持っているのが当たり前です。日本の出版社は経営に関してもICTに関しても高度な専門知識を持つ人材が決定的に不足している。昨今はどの業界でも「経営ができるやつ」「技術がわかるやつ」「その産業のプロパー」が組んで再編が進んでいますが、日本の出版界には前2つの人材が全然いない。
 一方、韓国は――webtoonを何作か読めばすぐわかるとおり――大変な学歴社会、競争社会です。エンターテインメント産業であっても、トップ人材には国際的にランクの高い国内外の大学/大学院で優秀な成績を納めた人が日本に比べれば多く、「経営ができるやつ」「技術がわかるやつ」「その産業のプロパー」が揃いやすい状態にある。
 いくら「日本のコンテンツは質が高い」「おもしろいマンガを作る能力は負けない」と言っても、それだけで国際的な競争に勝てる環境にはありません。
 
―― そういったところがアプリの出来などの差を生んでいる……。
 
飯田:もっと日本の出版産業に従事している方々に危機感を抱いてほしいがために、やや戯画的に向こうを理想化して彼我の差を強調している面もありますし、私自身カスみたいな学歴なので本当は偉そうなことは言えないんですけど……。
 韓国の方はマンガに限らずですが、日本よりはるかにアメリカや中国を見てビジネスをしているし、作品づくりをしているという印象があります。国内事業者の動向を追っているだけでは、国際的な潮流からはワンテンポ、ツーテンポ遅れざるをえない。コンテンツ産業はジャンルを問わず、北米と東アジアを両方にらみながら手を打っていかないと国内市場ですら勝てない時代になりつつあると思っています。
 
―― 最後にインタビューを読まれる方に向けて本の紹介を一言お願い致します。
 
飯田:タイトルだけ見てカチンとくる方もいらっしゃると思いますが、読んだあとで賛否は判断してもらえればありがたいです。あくまで「マンガ雑誌は死んだ」であって「マンガが死んだ」とは言っていません。
 
飯田一史(いいだ・いちし)
ライター。1982年青森県むつ市生まれ。グロービス経営大学院経営研究科経営専攻修了(MBA)。小説誌、カルチャー誌、ライトノベルの編集者を経てライターとして独立。マンガ家や経営者、出版関係者のインタビューも多数手がける。
著書に『マンガ雑誌は死んだ。で、どうなるの?マンガアプリ以降のマンガビジネス大転換時代』(星海社新書)、『ウェブ小説の衝撃』(筑摩書房)など。

 

『マンガ雑誌は死んだ。で、どうなるの? マンガアプリ以降のマンガビジネス大転換時代』

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<内容紹介>
いま、日本のマンガビジネスは大転換の渦中にある
マンガアプリは「コミックス売上至上主義」を終わらせる―その過程と根拠を、著書『ウェブ小説の衝撃』でウェブ小説発のヒットコンテンツとビジネスモデルをいち早く洞察した著者が、解き明かします。マンガは「原作」としてあらゆるメディアで重宝される「原資」的存在でもあり、したがってマンガ産業の行く末は、マンガ界、出版界に留まらず、日本のコンテンツ産業全域の未来に関わる重大な問題です。マンガ界に進行中のビジネスモデルの変化は、マンガビジネスの勝者を変えます。変革の渦中にあるマンガビジネスの見取り図を提示し、本質的な変化は何か、この波のなかで何が鍵を握るのかを、関係者への綿密な取材と詳細なデータをもとに「熱く」「冷静に」論じます。

 
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