今回は芥川賞に4回、直木賞に2回ノミネートされ、第159回直木賞が念願の受賞となった島本理生さんです。
受賞作の『ファーストラヴ』は、ある事件をきっかけに見えてきた家族間の闇に迫るミステリー風の作品となっている。
電子書籍ランキング.comでは、受賞した思いから作品への思いまでをお伺いしました。
家庭という密室の中で、不安定になっていく女の子を丁寧に追ってみたかった
―― 第159回直木三十五賞(以下、直木賞)の受賞おめでとうございます。受賞から少し経ちましたが、今のお気持ちをお聞かせください。
島本理生(以下、島本):だいぶ気持ちが落ち着いてきたところです。受賞が決まった直後はずっと緊張して待っていたので、「ほっとした」という一言でした。今は少し時間が経って、だんだん実感がわいてきて、改めて「あぁ、直木賞作家になったんだんなぁ、嬉しいなぁ」と噛みしめています。
―― 芥川賞に4回、直木賞で2回ノミネートされました。今回ノミネートされた時の気持ちを教えてください。
島本:合計6回ですが、その時ノミネートされた作品によって、気合いの入れ方が違ったりするので、それぞれにいろいろな思いがありました。今回は、今まで挑戦してこなかったものに挑戦して取材にもかなり時間をかけた作品だったので、個人的にも直木賞受賞は非常に嬉しかったです。自分で読み返しても「なかなか緊張感が高いものを書けたんじゃないか」と思う作品だったので、ノミネートを聞いたときには、「これで決まって欲しいな」と思いました。
―― 受賞が決まって周囲の方々の反応はありましたか。
島本:一番は、この小説を一緒に作り上げた編集担当の方がすごく喜んでくださいました。また、前回直木賞で候補になった『アンダスタンド・メイビー』の担当編集の方からも感無量といった感じのお電話をいただいたり、他社の担当の方からも「ようやく決まりましたね。」としみじみ言われたりしました。付き合いの長い方ほど、ずっと待ってくださっていたことが伝わってきて、私もジンとしました。
子どもはまだ小さいので、お母さんがテレビに出たりしているのを見て、よく分からないけど面白いなくらいに思っているみたいです(笑)。夫は作家なので、これから忙しくなることがわかっているからか、「本当によかったね」と同時に「体に気をつけてね」と言われました。同業者だからこそ分かってもらえる部分があるのは、ありがたいですね。
―― 講評で選考委員の北方謙三さんから「暗雲が覆っていた小説世界の中、そこで少し光が差したように私自身は感じました」とありますが、書く上で意識されたことなどはあるのでしょうか。
島本:今回はかなりシリアスな題材だったので、最後は抜けのいいものにしようという意識はありました。単純に謎を解くというだけではなく、環菜という女の子が持っている闇みたいなものが少しずつ整理されて解放されていく過程と謎解きがリンクするように気をつけました。
―― 『ファーストラヴ』は、かなりシリアスな内容で、女子大生の聖山環菜が父親を刺殺したとして逮捕され、この事件のノンフィクションを書くことになった臨床心理士の真壁由紀が、環菜や周囲の人々に話を聞いていくというお話です。
島本:10代のころから臨床心理学に関心があって、よく関連する本と読んでいました。あとそのころに流行していた小説で、ダニエル・キイスの『24人のビリー・ミリガン』や『五番目のサリー』は、とても印象に残っています。あまりにもショックな出来事があると人の脳には思いもよらないことが起きる、という可能性について考えるようになったきっかけです。衝撃を受けるとともに、ある種、謎に満ちた人間の心理というものに強い興味を抱きました。ですので、いつか心理学的な要素を使って謎を解き明かす話を書いてみたいなとは思っていました。
―― 環菜が父親を殺人するにはある理由があったわけですが、なぜそういった設定にしたのでしょうか。
島本:一つには、たとえ家庭内で暴力や性虐待に近いことが行われていたとしても、よほどエスカレートしたり、外に助けを求めないかぎり、明るみになりにくいということがあります。家庭という密室の中で、ひどいことをされているという自覚もないまま追い詰められて、不安定になっていく女の子の心の中を丁寧に追ってみたいと思い書きました。
日本の家族関係って、なんとなく第三者を介入させず追い詰められてしまうというのが共通の問題としてあるのかなと思います。特に環菜の母親のように、自分にはなんの問題ないと思いたい親にとって、誰かに相談することで自分が否定されてしまうのではないかという怯えがあるのかな、と。とはいえ、子ども自身が第三者を介入させるというのも現実的には難しい。そういったことの積み重ねが家庭内の問題を悪化させることになり、最後には事件が起きてしまう要因の一つではないかなと。
―― どのようにすれば防いでいくことが可能だとかありますか。
島本:問題をある程度密な関係性だけでなんとかしようとするのではなく、もっと共有することが必要だと思います。核家族化しているので余計に難しくなっているとは思いますが、問題があった時に誰かを責めるのではなく、それぞれの事情を冷静に把握して手助けできる第三者の存在が本当は家族間にこそ必要だと感じます。