「死ぬ前に、何が食べたい?」という質問がある。
このベタな質問に僕は明確な答えを持っている。
『温泉たまご』だ。
想像するに、死に際にあんまり面倒なものや凝ったものは食べたくないだろう。でもあんまりあっさりしすぎて、食べた気がしないのもさびしい。そう考えると『温泉たまご』は悪くないセレクトだと思う。
半熟の黄身にまさる旨味はそうはない。そしてなめらかな食感。そこにトロトロの白身をからめて食べるソースonソース。ただし、ただしだ…完璧なのにかぎる。「ただしイケメンに限る」と同じ感じだと思ってもらえれば。
今の自宅兼職場に引っ越して3年。
いちばん近いスーパーマーケットであつかっている温泉たまごが、どうも好きになれない。ひとことで言うなら、やわらかすぎるのだ。ハシでつかむとわれて垂れてしまう。スプーンですくって食べるような固さ。試しに二番目に近い店のも買って見た。同じくやわらかい。パッケージを見ると、とろりを流れ出る黄身が描かれている。えー、ちがうちがーう。求めている温泉たまごは、ちがうんだ。黄身がハシでつかめるくらいの固さなんだ。気に入らないなら、作るしかない。
しかし温泉たまごは、簡単に見えて、あんがいシビアな料理だ。生卵をお湯に入れて、数分たてばゆで卵になる。じゃあ途中で引き上げれば、温泉たまごになるかというと、そうはいかない。温泉たまごは、黄身と白身の凝固する温度の違いを利用して作るのだ。固まりはじめの温度は、白身の方が低い。だけど白身が完全に固まるより早く、黄身は半熟状態になる。その微妙な温度差を狙う。ターゲットは、65度から68度。この温度で30分キープすれば、温泉たまごになる。
温泉に、卵を入れておくと出来上がるから、温泉たまご、と言われる所以は、その温泉がちょうど温泉たまごを作るのに適温だったからだ(由来には「芯から温まるから」など、諸説あり)。
とはいうものの、65度から68度を30分キープって、家庭でやるには、だいぶ難易度高いですよ。あいにくウチ、温泉湧いてないし。
さいわい僕も参加している「給食系男子」という料理ユニットで出した『家呑み道場』には、「温泉風卵」というレシピが載っている。
温泉風卵
1)鍋に卵がかぶる程度のお湯を沸かし、火を止める。水で濡らしたペーパータオル1枚か、テイッシュ数枚で卵を包み、湯に入れる。
2)そのまま30〜40分放置する。
さすがは、レシピを簡単にすることには定評のある我らが給食系男子!
温度計で測るなんて、面倒はしない。そしてペーパータオルがなくても、ティッシュでもいいよ!という親切設計。しかしそのレシピの端にはこうも書いてある。
鍋、卵、湯量など諸条件で仕上がりが変化する。
フタの有無や湯量などで微調整をかけて。
うん、そうだった。このへんのユルさも給食系男子だった。今回の目的は、より完璧な温泉たまごの検証である。鍋だ、フタだと、この辺の細かい条件を突き詰めていくのは、手間がかかりそうだ。炊飯器の保温モードで作るやり方も有名だけど、あいにく、我が家はいま炊飯器を使っていない。
しかしだ、じゃじゃーん。いま我が家には低温調理機ANOVAがある。0.1度刻みで水温をコントロールできるこのマシンなら、温泉たまごなど、文字通りの朝飯前である。65度から68度まで、1度違いで4種類作ってみることにした。
これをANOVAでそれぞれの温度に設定。30分ずつ加熱して、そのあと冷水で冷やした。
できた。いやあ、実に簡単! ANOVA最高!
あれ? どれもうまい。よいかたさだ。正直、1度ずつの違いだとあまり差がないんだけど、65度と68度だと、微妙になめらかさが違う。好みで言えば67度が好みである。これでもう安心だ。もし僕の今際の際に立ち会うことがあったら、たいへんお手数ですが、67度30分加熱した温泉たまごを食べさせてやってください。
・温泉たまご
・すきやき
・塩もみ野菜
・ごま塩ごはん
<温泉たまご>もちろん67度30分。
<すきやき>具材は、牛肉、長ねぎ、焼き豆腐、しらたき、麩、しいたけ、えのき。割り下はもちろん市販のもの。何度もいうけど、まかないだから。ひとつだけ、しいたけが入ってないのがあるのは、しいたけが食べられないスタッフが一人いるから。子どもか!
<塩もみ野菜>大根ときゅうり。それを『第4皿目 長女、稲作にハマる』のときにとってきた、「シソの実」とあえて塩で揉んだ。
<ごま塩ごはん>ただのごはんでもいいんだけど、「今半」のすき焼き弁当がごま塩ふってあったもんだから真似した。
うまーい。甘辛い割り下と牛肉がさらに温泉たまごを引き立ててる。たまには卵のためにすき焼きがあったっていい。そんな気分になる。
それにしても、近所で売ってる温泉たまご、検証したどれよりもやわらかい。65度まで加熱してないのかなあ。それとも加熱時間が短いのか。60度あたりで試してみて、あの好みじゃない温泉たまごを再現すべき?とか、ちらっとよぎったけれど、いや、さすがに、なんかそれはちがうか。
(次回、11月17日掲載予定です!)