#365 筆で紙を、愛撫する
あなたの字を書いているところが、好き。
「これだけ書いてしまうから、ベッドで待っててね」
あなたが、筆でお礼状を書いている。
ベッドから、眺める。
墨の香りが、漂う。
あなたの字が、好き。
どんなお手本にもない、あなたの字。
あなたの人柄が、にじみ出ている。
紳士なのに、ワイルド。
あなたが、筆で書いているところを見ることのできる贅沢。
いつも、あんなに優しいのに、筆で字を書く時は、張り詰める。
そこだけが、違う空気が漂う。
結界の向こう側で、侵し難い空間が生まれる。
ゆっくりと、深い呼吸をしている。
あまりにも深すぎて、息をしてないくらいに感じる。
あなたの字以上に、あなたの字を書く姿が好き。
リズムとメロディーがある。
1本の短い線を引く中で、3拍子にも、4拍子にも変化する。
まるで、ダンスをしているよう。
途中で、墨の継ぎ足しをしない。
なのに、延々と墨が途切れないで、出続けている。
あなたの筆の360度が、紙に触れる。
セクシーなのは、紙が愛撫されているように見えるから。
紙は、筆で愛撫されている。
あなたの筆の弾力。
紙に触れるか触れないかギリギリの穂先で触れているように見えるのに、あんなに太い線が出る。
あなたが字を書く時、まさに紙と愛し合っている。
速い。
なのに、ゆっくり。
すべてが、一筆書きのように、淀みがない。
書き終えたあとも、しばらく深い呼吸が続いている。
ベッドの中で、見ていた私は、こっそり、いってしまっていた。