#456 迷路で、堂々
あなたの、迷路でも堂々としているところが好き。
あなたと、温泉の街を、散歩する。
宿が集まっているところを抜けて、山の上に上っていく。
温泉街とは、全く違う景色が見えてくる。
人の気配がない。
道が、曲がりくねって、枝分かれになっても、あなたは、まるで、自分の家に帰るみたいに、迷わず歩いていく。
知らない人が見たら、きっと地元の人だと思うに違いない。
でも、私は、知っている。
あなたは、堂々と歩いているけど、ここはずいぶん久しぶりに歩く道であることを。
あなたは、こういうとき、考えない。
体が覚えている方向へ、進んでいく。
霧が出てきた。
ホラー映画だと、お約束の雷が鳴りそうなところ。
さすがに、今日は、あなたも間違ったかな。
「あ、ここここ」
霧と森の中から、一軒の風情のある山荘が見えた。
人の気配に、中から、また映画に出てくる執事のような世間離れした人が出てきた。
「こんにちは」
あなたは、知っている人のように挨拶をした。
「お久しぶりです」
映画の執事さんは、親しげに笑顔を返してくれた。
その笑顔は、旅人に対してではなく、旅をして帰ってきたご主人様にする、ほほ笑みだった。
「どうぞ」
映画の執事さんは、中に案内してくれた。
「先代と、もっと、話をしておかないといけませんでしたね」
あなたは、先代と仲が良かった。
その先代が、亡くなった。
久しぶりに、訪れたことが、想像できた。
中に入ると、外の鄙(ひな)びた感じとは、打って変わって、洋風のお城のテーストだった。
中は、迷路のように入り組んでいた。
執事さんは、案内してくれなかった。
あなたは、我が家のように、迷路を歩いて、居間にたどり着いた。
よく知っている人へのおもてなしとして、案内しない執事さん。
迷路を堂々と歩く、あなた。
こういうやり取りに触れることができる僥倖(ぎょうこう)を、私は感じていた。