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#473 開く音を、聴かれて

あなたの静けさの輪が、好き。
あなたと、桜を見た。
五分咲きの桜だった。
こんな桜は、初めてだった。
桜が初めて、ではなかった。
こんな風に、桜を見たのは、初めてだった。
今までだったら「奇麗」と声に出していた。
さっきも、声に出そうになった。
声に出る直前で、のみ込んだ。
あなたは、静かに、見ていた。
これが、あなたの静謐(せいひつ)さだった。
あなたは、美しいものに出合うと、静かになる。
声に出した途端に、散らばってしまいそうになる美しさを、そっと、とどめておこうとしている。
ただ黙っているのではない。
大声を超えたところにある、静けさだ。
静かと、静けさの違い。
あなたは、静けさの中にいる。
花が咲くときに、派手な効果音は要らない。
むしろ、すべての音を消したい。
静けさの中にいるあなたは、宇宙空間にいるみたいだ。
映画の中でも、一番いいシーンは、音が消える。
なにもない白ではない。
胡粉(ごふん)を、何百回と塗り重ねた白だ。
何も塗っていないように、透明だ。
静けさの中に、あらゆる音楽が聞こえてくる。
早くも、宴会を始めている女の子たちがいる。
おじさんたちの宴会が始まる前の女子会だ。
その声も、あなたの静けさの空間の中に入ると、まったく聞こえない。
あなたのそばには、静けさの輪がある。
その中に入ると、心地いい。
まわりの雑音を、遮断してくれる。
花の開く音まで、聞こえてくる。
開く音を聴かれた花が、恥じらいを見せて、赤くなった。



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