#489 オレンジの香りの中で
あなたの、オレンジをむくしぐさが、好き。
オレンジをむいていて、あなたを思い出した。
あなたの、香りがした。
あなたの香りは、オレンジをむくときの香りに似ている。
いきなり立ち上がる。
周りの空気を、一変する。
オレンジのオレンジたるところは、味にあるのではない。
むくときに立ち上がる香りにこそ、ある。
あなたは、香りだ。
あなたから、香りがするのだと思っていた。
オレンジの正体が、香りであるのと同じ。
あなたの正体も、あなたから立ち上がる香りだ。
香りが、人間の形を取っているのが、あなたという仮の姿だ。
あなたは、食後に、オレンジをむいてくれる。
「食べる?」
と、聞かないで、むいてくれる。
むきにくい皮も、あなたは、簡単そうにむいてくれる。
最初に、むく瞬間、オレンジの香りが、広がる。
宇宙の始まりのビッグバンも、こんな感じだったに違いない。
「はい」と、渡してくれる。
それが、優しい。
あなたに何を一番してほしいかと聞かれたら、オレンジをむいてほしいと、答える。
オレンジの香りには、太陽の香りがする。
あなたにも、太陽の香りがする。
甘いだけでなく、酸っぱさもある。
痛いような感じもある。
しびれるような感じもある。
そんなところも、あなたと同じ。
あなたが、オレンジをむいているのか。
オレンジが、あなたをむいているのか。
あなたが、ジャケットを脱ぐときも、オレンジをむくときの香りが弾ける。
なによりも、オレンジをむくあなたの手の優しさ。
そんなふうに、むかれるところを、思い浮かべている。