#506 見ただけで、味わえる
あなたの味わい方が、好き。
あなたと、下町の商店街に来た。
下町には、夕焼けが似合う。
商店街には、階段が似合う。
夕日が、あなたと私の影を長く伸ばす。
あなたは、こんなに高貴なのに、商店街でも、なじんでしまう。
そこが、好き。
あなたは子どもの頃、商店街で育ったことを、聞いたことがある。
だから、商店街に、すっとなじむ。
五つ星ホテルでもなじむし、下町商店街でも、なじむ。
このあたりは、古い町並みが多い。
まるで、昭和のテーマパークのようだ。
映画『三丁目の夕日』のセットに入ったみたいだ。
空襲の戦火を、奇跡的に免れた地域だと、あなたが教えてくれた。
あなたは、昭和にもなじむ。
夕方の買い物の人が、通り過ぎる。
外国人が、多い。
観光客というより、この雰囲気が好きで、住んでいる感じなのがいい。
写真を撮っている人が、ほとんどいないのもいい。
この匂いは、写真には、写らない。
いい匂いが、してきた。
お肉屋さんの店先で、コロッケを売っている。
1個100円。
目の前で揚げているのは、小学生くらいのそのお店の娘さんだ。
お使いで来て、待っているのも、同級生っぽい女の子。
「食べるよ」
あなたの口が、もぐもぐした。
買うのではなく、想像で味わうのだった。
そのとき、私の口の中に、衣の味が広がった。
衣のかすかな塩気と、ジャガイモの甘さが、口の中で、ダンスした。
あなたが、口の中に入れてくれたのかと思った。
あなたは、見るだけで、味わうことができる。
そして、私にも、同時に味わわせることもできる。
コロッケを包む、新聞紙が隠し味だった。
次は、隣の天ぷら屋さんの「サツマイモの天ぷら100円」が、口の中に広がってきた。