#508 いつもより、感度が増して
あなたの、けがのときが、好き。
あなたと食事のあと、夜道を歩いていた。
新月の夜、道は暗かった。
突然、あなたが消えた。
振り返ると、あなたが腰から下が、地面に埋まっていた。
胸から上は、いつも通りの紳士のあなただった。
何が起こったのか、分からなかった。
「大丈夫?」
と、聞いたのは、私ではなく、あなただった。
自分が、左足の付け根まで入るくらいの穴にはまっていても、私のことを気遣ってくれるのは、『007』だった。
大地の神・ガイアは、地母神というくらいだから、女神だ。
女神が、あなたを吸い込んだのだ。
左足にヒビが入る骨折だった。
通常なら、骨がポッキリ折れていて不思議がないくらいの、深い穴だった。
翌日も、朝から、8時間の授業をした。
あなたが、あまりにも、痛みを顔に出さないので、気づかない人もいるくらいだった。
骨折しているあなたの授業は、いつにも増して、冴(さ)え渡っていた。
「安静にしてください」
というのが、お医者さんの指示だった。
ベッドも、我慢ね。
他のところを、こするくらいはいいよね。
ちょっと、だけならいいよね。
血行が、良くなったほうが、新陳代謝が良くなるから。
我慢するつもりだった。
つもりだった。
あなたは、我慢できない私を、受け入れてくれた。
骨折しているのに、私の好きにさせてくれる。
もう、一生、我慢はなくなった。
いつにも増して、感じた。
こんなに、けがをしているのに、いつもより、すごい。
授業以上に、あなたの体が、感度を増していた。
けがをしているとき、人間の体は危機を感じて、生存本能が目覚めて、感度が上がるに違いない。
あなた以上に、私の感度も、増していた。