#513 じっとすることで、動く
あなたのダンスが好き。
あなたと、大使館主催の舞踏会に行った。
舞踏会なんて、シンデレラの時代以外に、どこでやってるのって、思っていた。
あなたの生きている世界では、日常だった。
各国の大使館の中で、繰り広げられていた。
舞踏会に行くと、あなたは舞踏会用に、変身する。
そうじゃなかった。
元のあなたに、戻るだけだ。
普段のあなたが変身して、身を隠しているのだ。
あなたといると、自分が踊れなくても、安心。
あなたが、全てリードしてくれる。
大使夫人は、凛(りん)としている。
ゲストが、ホスト側の大使夫人にダンスを申し込んでいる。
大使夫人は、爽やかな笑顔で、お断りしている。
曲が変わって、大使夫人が、あなたにダンスを申し込んだ。
あなたが、大使夫人をエスコートして、フロアに出た。
フロアには、2種類の踊り手がいる。
1つは、完全なビギナー。
踊れなくても、フロアに出るのが、ほほ笑ましい。
もう1つは、これ見よがしに、踊るコンペティター。
コンペティターは、社交を楽しむ舞踏会でも、コンペティターになって、ジグザグに、走り回る。
コンペではないことを、誰か教えてあげてと、みんなが心の中で、つぶやいている。
あなたは、どちらでもない。
あなたは、フロアの真ん中にいる。
ダンスの反時計回りの、川の中の島にいる。
あなたは大使夫人と、じっとしている。
踊っていると思ったら、足が置かれたところから、外に出ていない。
まるで、30センチのトレーの上にいるかのようだ。
なのに、すごく踊っているように、見える。
大使夫人が、うっとりしている。
こんなふうに、見えるんだ。
一緒に踊っているときは、気づかなかった。
ダンスの川で、コンペティターが走り回れば回るほど、じっと揺れているだけのあなたが、目立つ。
あなたは、じっとすることで、浮かび上がっている。