#515 刷毛で塗るように、何度も
あなたの職人さんを見る目が、好き。
あなたと、漆の工芸展に行った。
あなたの実家は、お染物屋さん。
型紙に漆を使っていて、「触ると、かぶれるよ」とお父さんに子供のころから言われていたらしい。
家の中に、触ってはいけないものがあるって、神聖な感じ。
おじいちゃんの家の庭で遊んでいて、木の葉に触れて、かぶれた話も聞いた。
その木が漆だったかどうかは、いまだに分からないらしい。
漆の木は、魔法の木。
「漆の木は15年育てて、やっとコップ1杯分の樹液が採れる。しかも、1回しか採れない」
あなたが、教えてくれた。
15年で、コップ1杯分しか採れないって、やっぱり魔法の木。
縄文時代の1万2000年前の土器にも、漆が塗られていた。
樹液を採った木も、埋もれていた。
1万2000年前と、現代の樹液の掻(か)き方とが同じというのが、驚かされる。
「今は、掻く道具を作る職人さんがいなくなって、岩手県の小さな村でしかほとんど採れない。文化財の修復をする漆が、国産で賄えない」
そんな話をする時のあなたは、職人さんの顔になる。
お染物屋さんを継いだあなたを、想像した。
ちょうど、漆職人さんが、漆を塗る実演をしているところを、見ることができた。
刷毛(はけ)で、何度も、塗り重ねていく。
塗っては乾かし、塗っては乾かしを、何十回と繰り返していく。
その手を見つめるあなたの目は、職人さんの目。
刷毛で、何度も塗るしぐさは、見たことがあった。
これは、あなたの愛し方。
あなたは、刷毛で何度も塗るように、私を愛(いと)おしんでくれる。
やっぱり、あなたは、職人さんを継いでいた。
あなたに何度も塗られている感触を、反芻(はんすう)していた。