#539 エスプレッソを、お代わり
あなたの、エスプレッソなところが好き。
あなたと、コーヒー専門店に入った。
ドアを開けるなり、香ばしい香りがしてきた。
床が、ウッド。
音楽も、流れていない。
しんとしている。
カウンターに並んで、座った。
壁には、コーヒーカップが、並んでいる。
エスプレッソの、こだわりのお店だった。
エスプレッソをオーダー。
目の前の作業が、見えるのがいい。
まるで、お茶会のお家元の所作を拝見しているよう。
緊張感が漂っている。
マスターの動きに、無駄がない。
挽(ひ)いた豆を、楕円形の型に入れて、押さえる。
やがて、ぽたりとコーヒーの滴(しずく)が、一筋となって落ちてくる。
セクシー。
甘い香りが漂う。
その香りが、やがて苦味を増してくる。
香りが変わっていくのが、面白い。
苦味のある香りは、酸味のある香りになっていく。
飲む前から、もう飲んだ気がする。
気がついたら、本当に、飲み終わっていた。
「お代わり、いかがですか」
お願いした。
型の豆の粉を、さらに押し込んだ。
また、滴が落ち始めた。
さっきは、一筋の滴だったのに、今度は、あちこちから滴が落ちた。
どろっとして、粘り気も強い。
端から落ちた一滴が、カップの縁にこびりついた。
油絵の具のよう。
マスターは、それを拭かずに、出してくれた。
そこが、飲みたかった。
甘い。
さっきより、はるかに甘くて、濃い。
あなたの、味がした。