#544 前世の恋人のように
あなたの1920年代が好き。
あなたと、ホテルに食事に行った。
周りのお客様は、きちんとしていた。
ウォーム・ビズ系の服装の人は、1人もいない。
一部上場企業の会長さんと奥様という感じの人ばかりだった。
男性は、きちんとした服装。
奥様も、それにふさわしい服装。
残念な服装の人は、1人もいなかった。
きちんとしているのは、服装だけではなかった。
姿勢も、きちんとしていた。
しぐさも、きちんとしていた。
空間全体が、きちんとしていた。
1人の老婦人がいた。
連れの男性は、いなかった。
かっこよかった。
あの年齢になったら、あんな風になりたいと感じるご婦人だった。
きちんとしながら、くつろいでいる。
常連さんとおぼしき風情で、スタッフとも、雑談をしている。
常連だけど、常連ぶらないマナーもわきまえている。
若い頃は、かなりの美人だっただろう。
もちろん、今でも、かなりの美人。
映画スターがいた頃の映画スターみたい。
そのご婦人の周りは、まるで映画だった。
1920年代の気配だった。
そのご婦人が、さっきからこちらを見ている。
私が場違いだと叱られないか、ハラハラした。
違った。
あなたを、見ていた。
あなたが、遠くのご婦人に会釈をした。
ご婦人も、会釈を返した。
その後も、ご婦人は、あなたを見続けていた。
まるで、前世の恋人を見ているみたいだった。
私は、見逃さなかった。
一瞬、ご婦人の頬が、赤くなったのを。