#549 暗闇の、ベンチで
あなたの「突然のベンチ」が、好き。
あなたと、金曜日の夜の美術館に行った。
昼間は混んでいる美術館も、夜は静かになる。
美術館は、昼と夜とで、同じ場所だと思えないくらい違う。
暗い。
潔いくらい、暗い。
都会の中で、こんなに暗いなんて。
美術館に続く道の途中で、あなたはベンチに座った。
まさか、こんなところに、座るなんて。
美術館の建物が、ライトアップされている。
ライトアップされることで、やっぱり素晴らしい建物であることが分かる。
建築物の素晴らしさは、昼間の明るさの中では、分からない。
美術は洞窟の中で始まったのが分かる。
洞窟壁画は、夜に描かれ、夜に見られたに違いない。
昼間は、現実の都会の喧騒(けんそう)と、美術館の中の静謐(せいひつ)な世界とが、結界によって分けられている。
夜は。
夜は、結界がない。
ここまで暗いと、美術館との境目がなくなる。
芸術作品は、夜陰に乗じて、夜な夜な外に出ているに違いない。
街灯が、少ない。
暗いのは、光が少ないからではない。
何者かが光を遮っているから、暗いのだ。
夜の美術館の周りは、安全に見ることができる美術館ではない。
昼間の美術館は、動物園だ。
夜の美術館は、サファリパークだ。
立場的に、見る者が、圧倒的に弱い立場になる。
そんな芸術作品のサファリパークの中でも、あなたは悠々としている。
あなたは、芸術作品の精霊たちを恐れない。
芸術作品の精霊たちも、あなたを敵とは見なさない。
あなたは、人間側ではない。
芸術作品の精霊側にいる。
だから、夜の美術館に続く道で、悠々としている。
ベンチに座ったアングルから、美術館の建物の屋根の上に、満月が光っていた。
あなたは、これを私に見せてくれたのね。