#550 リングイネが、そそり立つ
あなたのパスタの取り分けが、好き。
あなたと、イタリアンのリストランテに行った。
ウエイターのアントニオさんが、愛想よくて、格好いい。
アントニオさんは、オーダーする前に、いつものメニューを言ってくれる。
完璧に、覚えていてくれている。
あなたは、アントニオさんが言った私の好きなものを、どんどんオーダーしてくれる。
それでいて、新しいものを、毎回、何かオプションで付けてくれる。
あなたは、お客さんではなく、もはやお店の人になっている。
あなたとアントニオさんが、2人でサービスをしてくれる。
アントニオさんは、押し付けがましい感じもない。
日本人よりも、日本人っぽい奥ゆかしさがある。
あなたは、サラダを気持ちよく、分けてくれる。
あなたの取り分けは、気持ちいい。
素早い。
ちまちましていない。
料理のスピリットが、消えないうちに、取り分けられている。
サラダの取り分けを見ただけで、素人ではないことがわかる。
なによりも、パスタの取り分けが、素晴らしい。
パスタの取り分けは、難しい。
もたもたしていると、あっという間に、乾いてしまう。
チーズが、かちかちになってしまう。
あなたは、ひと息で、取り分ける。
フォークひとつで、リングイネの渦が、魔法のように持ち上がる。
そして、私のお皿に。
お皿の上で、リングイネが立体的に、ねじれたまま立ち上がっている。
ゴッホの糸杉を、思い出した。
自分のお皿にも、同じ大きさの糸杉を作った。
隣のテーブルで、男性が、ちびちび分けているのが、気の毒に感じる。
あなたの取り分けは、勢いがある。
リングイネが、喜んでいる。
リングイネが、踊っている。
あなたが取り分けたリングイネには、生命力がある。
あなたの生命力が、私の喉の奥に、入っていった。