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#582 あなたの海に、浮かぶ

あなたの海が好き。
あなたと、海を見に行った。
あなたは、海の町で育った。
家のベランダから、海が見えていたという話を、聞いた。
私は、海から離れたところで、育った。
海は知っているけど、知識としての海だった。
海は広いな、大きいな、としてしか知らなかった。
知らなかったということに、気づかなかった。
初めて海に入ったとき、不思議な感じだった。
プールとは違う感じだった。
沖に向かって歩いていく。
だんだん、深くなる。
沖に進むにつれて、足先の砂に、小さな石が増えてくる。
木の枝のようなものが当たる。
海藻のようなものが、張り付く。
なんだか分からないものが、当たる。
さっきまで底に着いていた足先が、突然、届かなくなる感じ。
海水の温度が、急に、冷たくなる。
と思うと、また浅くなる。
沖のほうを見ると、海と空以外、何も見えない。
「大きい」
海を童謡でしか知らなかった頃と、同じことを言っている自分に、笑った。
足がまた届かなくなっても、私は浮いていた。
自分で浮いたのではなく、海に浮かせてもらっていた。
泳いだのではなく、委ねていた。
心地いい。
海は、あなた。
あなたは、海。
私は、あなたという大きな海で、浮かばせてもらっている。
安心して、委ねている。
私は、大昔から、こうしていた気がする。
あなたと、海を見ている。
あなたの海に、浮かんでいる。



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