#608 滴が、伸びていく
あなたの表面張力が、好き。
あなたとの、食事のあとの帰り道。
このあたりは日本家屋が多い。
ふわりと、風が吹いた。
あなたの前髪が揺れた。
「雨だ」
雨の気配は全くなかったのに。
天気予報では、雨マークはなかったけど。
空も明るかった。
明るい空から、突然、雨が降ってきた。
なぜ、あなたは雨が降るのが分かったのかしら。
雨がはるかかなたにあるときから、あなたは感じていた。
宵の夕立になった。
人が走る。
あなたは走らない。
一軒の日本家屋の軒先に入る。
あなたと雨宿り。
走る人は眉間にしわを寄せている。
あなたは、ほほ笑んでいる。
雨の匂いがする。
石畳の道が、あっという間に川になった。
「あっ」
私のうなじに、何かが触れた。
滴(しずく)だった。
軒から垂れている。
私は滴が好き。
落ちそうで、なかなか落ちない。
あなたと、滴を眺めた。
滴がたまって、伸びて、落ちるまでの刹那。
スローモーションで、伸びていく。
表面張力のしなやかさが、セクシーだった。
これは、あなた。
あなたは、滴。
だから、好き。