#613 詩の暗唱は、声のキス
あなたの詩の暗唱が好き。
あなたが詩の暗唱をしてくれる。
世界が、そこだけ変わる。
あなたが詩を暗唱するとき、風のように始まる。
派手なイントロはない。
「さあ、今から暗唱するから、聞いてね」という前口上もない。
さっきまで話していたのと同じトーンで、詩の暗唱が始まる。
あなたは、ふだんの会話と詩の暗唱に境目がない。
境目を消しているのではなくて、詩を会話のように暗唱している。
逆かもしれない。
ふだんの会話が詩の暗唱なのだ。
だから、会話と詩の暗唱に境目がない。
耳元で暗唱してくれているのに、遠くから聞こえている気がする。
その一方で、私の中から聞こえてくる感覚もある。
あなたの口から聞こえている感じでもない。
どこかからか流れてくるというよりは、あなたの暗唱する詩に包み込まれている感覚。
それがベッドの中だろうが地下鉄の中だろうが、全く関係ない。
シャボン玉にくるまれたような、別世界がそこに生まれる。
いつの間にか始まり、いつの間にか終わる。
どこからかやってきて、どこかへと消えていく。
風のように吹いてきて、風のように去っていく。
あなたは、何事もなかったかのようにカフェラテを飲んでいる。
まるで、フランス映画。
フランス映画の中では、主人公の男性は、ヒロインに詩の暗唱を聞かせる。
「ヴェルレーヌは、大好き」
彼女は会うたびに、彼に暗唱をせがむ。
彼はせがまれると、ノータイムで暗唱を始める。
詩の暗唱は、音のキス。
あなたが、詩の暗唱をしているのではない。
詩が、あなたという体をまとっているだけだ。