#617 扉を、喜ばせる
あなたの料理の音が好き。
あなたが、私のキッチンでハヤシライスを作ってくれている。
私は、本を読んで待つ。
この時間が好き。
2人でキッチンに入るよりは、あなたに任せたほうがいい。
必要な調味料がどこにあって、道具がどこにあるかは、言わなくても通じる。
普通、こういうものはどこにあるか決まっている。
タマネギを刻む音のリズム感が心地いい。
料理を作るのが楽しそう。
タマネギをフライパンに入れた音と同時に、既においしい香りが漂ってきた。
もう、今、食べたい。
さっきから、同じページばかり読んでいる。
読んでいる本が、全く頭に入らない。
音と香りが、私をじらし攻撃する。
手間をかけるのが好きなのはベッドと同じ。
ハヤシライスを煮込み始めた音が聞こえた。
シンク下の収納の扉を、開け閉めしている。
シンク下の扉は、最近、きしむようになった。
何度か自分で直そうとしたけど、ねじがさびついていて、びくともしなかったので、諦めていた。
既に、あなたは使った道具を洗い始めている。
料理ができあがったときには、洗い物は食べている食器だけになっている。
ハヤシライスは絶品だった。
いつのまにか、おしゃれなサラダも添えられていた。
スープまでできていた。
コース料理になっていた。
おいしいに決まっている。
あなたを料理上手にした、お父さんとお母さんに感謝します。
翌朝。
シンクの下の扉を開けた。
あら?
きしむ音がしない。
もう一度。
やっぱり、しない。
あなたは扉にまで、潤滑油をさしていた。
昨夜のハヤシライスのおいしさが、よみがえってきた。