#622 書きながら、夢を見る
あなたの書いているところが好き。
「締め切りを書いてしまうから、ちょっと待っててね」
あなたが、連載の締め切りを書いている。
大先生に原稿を受け取りにきた編集者の気分になる。
あなたには追い詰められた気配もない。
たんたんと書いている。
むしろ楽しんで書いている。
書き終わるのが寂しいような気配で書いている。
小鳥が鳴いている。
コーヒーの香りがする。
南青山の書斎なのに、文豪の鎌倉の別邸に伺っているような気分になる。
南青山と鎌倉は似ている。
「構想が決まってから書くんですか」
と、聞いたことがある。
「構想はないね。とにかく1行目を書くと、勝手にお話が進んでいく」
たしかに、そんな感じ。
あなたが書いているというより、お話の登場人物が勝手に動くのを、あなたが書き記している感覚。
キーボードの音が心地いい。
リズムがある。
書き直しが全くない。
どんどん進んでいく。
たばこをプカプカ、頭をかきむしるイメージとは、程遠い。
静かな時間が流れている。
あなたはクラシック音楽を聴いているみたい。
「お待たせ」
と、あなたが、ほほ笑む。
「どんなお話?」
「あら、どんなお話かな」と、あなた。
いま書いたものを、覚えていないなんて。
でも本当に、あなたは覚えていない。
「お話は覚えていないけど、面白かった」
夢を見たのは覚えていて、いい夢だったけど中身は覚えていない、という感覚なのだろう。
あなたにとって書く時間は、夢を見る時間。
それを見るのも、私の夢の時間。