#204 あんな人と、おつきあいしたい
あなたの、耳の良さが好き。
もはや、耳で聴いていない。
テレパシーで、聴いている。
ほんの小さな独り言でも、あなたは聴き取ってくれる。
私は、オープンテラスのあるカフェの前を歩いていた。
素敵な男性と、すれ違った。
紳士だった。
「あんな人と、おつきあいしたいな」
その人のことは、何も知らないのに。
心の中で、つぶやいた。
つもりだった。
声には、出ていない。
「私が探していたのは、あんな男性だった」
「あんな男性は、映画の中に出てくるだけで、実際には存在しないと思っていたけど、いるんだわ」
「それとも、私の幻覚かしら」
その紳士は、立ち止まった。
えっ。
私は、後ろを振り返らないで、後ろを見た。
変な表現だけど、女の子は、振り返らないでも、後ろを見ることができる。
あなたは、風のように、近づいてきた。
近くで、ふんわり着地するように、柔らかい空気に、包みこまれた。
「ごきげんよう」
ほらね。
声をかけられたのは、私じゃなかったでしょ。
私に、「ごきげんよう」と挨拶をする知り合いはないから。
あわてて返事しなくて、よかった。
私は、まわりを見た。
誰も、いなかった。
微笑んでいる、あなたを除いて。
えっ、私?
「ごきげんよう」
思わず、返事していた。
そのまま引かれた、オープンテラスの椅子に私は、座っていた。