#249 下の名前で、呼んで
下の名前で呼んでくれるあなたが、好き。
マツモトキヨシで、あなたと会った。
1人で、会いたかった。
私は、手には、娘をつないでいた。
胸に、下の娘まで抱っこしていた。
こんな格好で、会うとは思わなかった。
結婚して、誰々さんの奥さんになり、娘が生まれて、誰々ちゃんのママになり、下の娘が生まれた頃には、『千と千尋の神隠し』のように、私のファーストネームは、フワフワと消えていった。
「はい」
あなたが、靴下を拾ってくれた。
下の娘の靴下が、落ちたのだった。
私の動転が、下の娘に伝わって、靴下が落ちたに違いない。
あなたは、下の娘ににっこりと微笑んだ。
彼女は、照れていた。
照れていたのは、私自身だった。
あなたは、私にも、微笑んでくれた。
私の靴下が、ドキドキして、脱げそうだった。
あなたの微笑みは、靴下を落とした女の子のママにではなく、女性に対しての微笑みだった。
久しぶり、こんな微笑みをもらった。
鼓動が、高鳴った。
下の娘には、伝わったに違いない。
2人の娘のママではなく、1人の女に戻っていた。
下の娘は、私の気持ちを察して、わざと落としてくれたのだ。
上の娘が、私をつついた。
上の娘は、もうそんなことが分かる女になっていた。
まさか。
こんな風に、あなたの腕の中で、髪を撫でてもらいながら、下の名前で呼ばれることになるなんて。