» page top

第二章  ビスタ港出たらアンクルホーンに囲まれたみたいな絶望

勇者ヤマグチクエストのはじめての冒険譚

第二章  ビスタ港出たらアンクルホーンに囲まれたみたいな絶望

2017年9月6日

これを書いている今時分は、8月31日24時47分。この2回目のコラムの締切りが9月1日。日付的には『今日』だ。
それだというのに、僕は今から筆を進めようというのだから片腹どころか両脇腹が痛い。
確かに「うわー締切り間近じゃーん、こいつぁいっけねえ」などと上級者みたいな口ぶりで嘯きつつ、カチャカチャとキーボードを面白く叩き、面白い言葉で文章を構成させ、面白い顔をして「これでよし、と」とエンターキーを押すことへの憧れを募らせること幾星霜、僕はようやく手にした念願の『期間限定のコラムニスト』という時限爆弾を持ってそんなことを思いながらうろうろするなどしている間に、我が眼前には死兆星がキラキラと瞬き、それを見た僕は憤怒の表情を浮かべながら、「えーん、えーん」と泣いてしまいました。

昔から僕は怠惰な人間であり、8月31日に7月の中ごろからの絵日記を書くという一人タイムスリップをしながら、薄型プレステ2くらいの厚みのある算数の課題をやり、自由研究のためにペットボトルのロボットというゴミみたいなゴミの制作するなどを、半泣きどころか全泣きでやるタイプの青き少年でした。なので、「あの頃から俺は、何にも変わってねえなぁ」と思いながらバスローブを羽織り、膝元のペルシャ猫を撫でて現世などを呪いました。

17ad4b6432bd9db5adfbf4837b208d04
発売当初のスーパーファミコン版『ドラゴンクエストⅤ  天空の花嫁』のパッケージ
(C)2017 ARMOR PROJECT/BIRD STUDIO/SQUARE ENIX All Rights Reserved.(C)SUGIYAMA KOBO(P)SUGIYAMA KOBO

そんな無意味なノスタルジーとは比較にならないほど、ドラマティックな少年の成長を描いたのが、『ドラゴンクエストⅤ  天空の花嫁』なのです。ここまで長かったですね。
RPGの主人公というのは、生まれながらにして何かとんでもない運命の歯車などを背負わされた、いわゆる勇者であることが多く、この王道イメージを植え付けたのが何を隠そうドラゴンクエストであると言っても過言ではあったりなかったりするのですが、この『ドラクエV』の主人公はいわゆる『勇者』ではないのです。

物語は父親と少年の二人が船に乗ってビスタ港という小さな港にたどり着いたところから始まります。この少年が主人公なのですが、妖精が見えるほどとても心がきれいで大人しい印象を持たれることの多い子で、この子の小さな冒険から物語は少しづつ動きはじめ、そして確実に成長していきます。
父親の後ろをただついていくだけの何も知らなかった少年が、いろんな紆余曲折を乗り越えて大きくなり、時には奴隷になったり、時には王様になったりしながら、結婚をして子供ができて親になる。最初は好奇心から始まる探検も、だんだん運命に導かれるように世界の命運を握る大きな渦に巻き込まれていく、今までのRPGとは一線を画した、始めたら最後、涙なしでは語れない波乱万丈のヒューマンドラマが待っているのです。ユーモラスのかけらもない文章になってしまいましたが、これを書いている瞬間の僕の顔はこの世のものとは思えないほど面白いので、許してあげた方がいいと思います。

b6f969dd
『ドラゴンクエストV』の主人公と父親
(C)2017 ARMOR PROJECT/BIRD STUDIO/SQUARE ENIX All Rights Reserved.(C)SUGIYAMA KOBO(P)SUGIYAMA KOBO

「少年の成長を描く」というのが、『ドラクエV』における大きなテーマのようで、小さい頃に見ていた同じ景観を、大人になってから見るととても小さく感じるというノスタルジックな想いを表現するために、一番最初に発売されたスーパーファミコン版では、主人公が初めて訪れる町であるサンタローズが大人になってから来ると、マップがほんの少し狭める工夫がなされているというおしゃれな演出もあります。
ちなみに僕は初プレイの際に全く気づかずクリアし、その話を聞いてから改めてプレイしてみようと思い立ち、大人になってサンタローズの町にたどり着くや否や開口一番、「そうかなあ?狭くなってるかなあ?」などとお口をあんぐり開けて言いました。愛くるしいですね。

51n5R4eWlPL
『シャドウ』道尾 秀介(東京創元社)

子供の成長というのは、大人が思うより突然に訪れるもので、それは自分の身の回りの何かの刹那的な感情の流れや機微を敏感に察知できるからこそだと思うのです。今2人くらい子供がいる父親みたいなツラをして書いているのですが、そんな刹那的な感情をうまく描き、読者をもまるごと世界へ引きずり込んだ作品が、道尾秀介さんの『シャドウ』です。
僕はことあるごとにこの『シャドウ』をおすすめするために、息を吸ったり吐いたりなどしているゴリラなのですが、今回ほどおすすめする流れが綺麗に決まったことは過去一度としてありませんでした。みなさんちゃんと褒めるように。

この作品に出てくる子供たちは、とても強い子たちです。まだ未読の方もいらっしゃるかと思うので多くは語れませんが、この話の筋は『子供たちの成長』です。僕はそう思いました。
道尾先生らしい文体で彩られた物語を読み進め、中盤から終盤にかけて巧妙かつ大胆なトリックに心を揺さぶられ、そしてラストを読んで胸を締め付けられる、そのスピード感は、「これから読書の秋に入ろうという時候に、ピッタリなのではないか」などと思いながら鼻をほじっています。なぜかと言うと、なんか定型文みたいな固い文章だったからです。

長く険しい山のような文章でしたが、ほとんどレビュー記事みたいになってしまいました。
コラムとしてどうなんですか。我ながら、途中ゴリラになって鼻ほじってたくせによくもまあ『レビュー記事みたい』だなんて言えたなと思いますが、大目に見てあげた方がいいと思います。
また、出来るなら過去の余裕のある自分に「コラム書け」などと言ってやりたいなあ、本当に一人タイムスリップが出来ればなあと思いました。
これで、伏線回収したことにしてください。お願いします。
ところで『一人』タイムスリップってなんなんですかね?
また来週。

■今回ご紹介いただいた書籍

51n5R4eWlPL『シャドウ』道尾 秀介(東京創元社)
人は、死んだらどうなるの?
――いなくなるのよ
――いなくなって、どうなるの?
――いなくなって、それだけなの――。
その会話から三年後、凰介の母は病死した。
父と二人だけの生活が始まって数日後、幼馴染みの亜紀の母親が自殺を遂げる。
そして亜紀が交通事故に遭い、洋一郎までもが……。
父とのささやかな幸せを願う小学五年生の少年が、苦悩の果てに辿り着いた驚愕の真実とは?
いま最も注目される俊英が放つ、巧緻に描かれた傑作。第七回本格ミステリ大賞受賞作。

kindlekoboibooksgoogle



過去記事はこちら!

第五章 自分そっくりな石像と心を通わせて正拳突き覚えるような感覚

yamaguchi
全5回というお約束の下で書かせていただいていた本コラムも、いよいよ第5回目となってしまいました。 これでもう終わってしまうのかと思うと56億個くらいの感情が渦巻いてしまって、小田和正くらい言葉にできませんが、強いて何か1つ挙げるとするならば「寂しい」です。...(2017年09月27日) >もっとみる

第四章 そっちじゃないよって言われても俺はこっちに行きたい

yamaguchi
 あっという間に僕のコラムも第4回を迎えることとなったわけですが、自分の文章が電子書籍ランキング.comさんのページに掲載され、全国の皆様のおめめに触れ、あな恥ずかしやと乱れ踊るなどしている間に、次回のコラムを入稿せねばならないという、五郎丸も腰抜かすほどのこのルーティンワークにいまだに慣れず、「ええ!もうそんな時間かい!?」と日曜の夕方に現れるあの海鮮一家...(2017年09月20日) >もっとみる

第三章  ロマリアから即アッサラーム向かってあばれザルにボコられる

yamaguchi
僕は明日(8日)、お仕事でいわゆるひとつの札幌に向かう。高校の修学旅行で行った時の記憶を思い出そうと、海馬の引き出しを漁ってみたところ、何もかも埃にまみれたブツばかりで、唯一鮮明だったのが「お母さんからもらった幾ばくかのお小遣いで、小さなカニを買って実家に送りつけた」というもののみだったので、当...(2017年09月13日) >もっとみる

第二章  ビスタ港出たらアンクルホーンに囲まれたみたいな絶望

yamaguchi
これを書いている今時分は、8月31日24時47分。この2回目のコラムの締切りが9月1日。日付的には『今日』だ。 それだというのに、僕は今から筆を進めようというのだから片腹どころか両脇腹が痛い。 確かに「うわー締切り間近じゃーん、こいつぁいっけねえ」などと上級者みたいな口ぶりで嘯きつつ、カチャカチャとキーボード...(2017年09月06日) >もっとみる

序章 始まりの書

yamaguchi
電子書籍ランキング.comさんにて僕の連載スタートが決定したのが7月の25日。 それから一か月余り…。僕は初めて書く「コラム」などという自分が幾度となく見聞きしてきたものの、その得体の知れなさに戦々恐々とし、部屋の隅で虚空を見つめながら日が過ぎていくのを待つことで生命をギリ保ち現在に至ります。自分でもよく生きたなあと思います。...(2017年08月30日) >もっとみる